第35章 過去編:名前のない怪物
佐々山は柄にも無く、泉の身を案じていた。
「さて。戻りましょう?もうほぼ夜が明けるけど。少しでも寝たいわ。」
泉は時計を見れば、ため息を吐きながら背伸びをする。
時計は既に4時20分を指していた。
これでは2時間眠れたら良い方か、と泉は思う。
「慎也。仮眠室で寝るわ。」
「あぁ。先行ってろ。コイツを檻に返してから行く。」
「はッ?!おいおい、いくらなんでも自分でハウス出来るって。」
佐々山が驚いたように訴えるが、慎也の意見は変わらず泉が出て行けば佐々山に向き直る。
「――で?なんか日向チャンに聞かれたくない話があるわけ?じゃなかったらさっさと行けよ。どうせヤッて寝るんだろ?」
わざと下卑た言い方をするが、慎也は意に介していないらしい。
「佐々山、お前どうした?」
慎也の実直な質問に、佐々山の表情が微かに硬直する。
「――別に。」
「今月頭におこった衆院議員殺害事件が広域重要指定事件になったと連絡があった。おそらく今後は係の垣根を越えて事件捜査にあたることになる。俺だけがお前の行動を監視するわけじゃなくなるんだぞ。」
慎也の進言に佐々山の口元がいびつに歪む。
「ほぅ。それは、『俺だから見逃してやってるんだぞ、感謝しろ』ってことか?」
佐々山の扇情的な返答に、慎也の頬がカッと熱くなる。
言い返す間もなく佐々山が二の句を継ぐ。
「そういうことだろ。『俺じゃなかったらお前なんて速攻ドミネーターでズドンだ。それがわかってたら俺の言うことに素直に従え』、違うか?だがな狡噛、俺に言わせりゃそいつはお前の怠慢だ。言うこときかねぇ執行官はドミネーターで排除する。それが狡噛、監視官の役目だろ。」
その言葉に、慎也は言葉に詰まる。
それを佐々山はどこか白けたように見れば、煙草に火を点けた。
「清廉潔白なお前は忘れてるかも知れねぇが、俺は潜在犯だぞ。いつだって社会に牙を向く。今だってな。そう言う意味じゃ日向チャンの方が理解してるぜ?」
「泉がお前をドミネーターで撃つと?」
「少なくとも俺がお前に敵意を向けりゃぁな。あの子は躊躇わずに撃つだろうさ。」
その事実に、慎也は何とも言えない気持ちになる。