第35章 過去編:名前のない怪物
「人のデータ勝手に見るなんて最低!」
「なんだよ、ハメ撮り画像でもあんのか?」
その台詞を吐いた瞬間、佐々山は見事なまでに泉の蹴りを股間に喰らった。
「瞳子さん、また貴方は――!今度こそお父様に報告しますからね!」
迎えに来た女教師は眠りを妨げられたのもあり、ヒステリックに怒鳴っていた。
「先生。彼女のお陰で捜査も進んだんです。今回は大目に見て頂けませんか?」
「まぁ、日向さん!公安局に就職をしたとは聞いていたけれど、こんなところで会うなんて。懐かしいわね。」
「その節はお世話になりました。」
上手く話を誘導して行く泉を、慎也と佐々山は見事なもんだと感心する。
泉の外面の良さと言ったら、シビュラもだまくらかせる程なのだ。
一回の教師などさぞ容易い事なのだろう。
「――宜しいでしょう。今回だけは日向さんの顔に免じて報告しない事にします。」
「有難うございます。良かったわね、瞳子ちゃん。」
「――日向、先輩。」
その呼び方に、泉はふっと笑えば瞳子を見送った。
「日向チャン。あの子――。」
「分かってるわ。常習犯ね。遠からずまた会うでしょう。私に懐かせといて困る事はないわ。」
その台詞に、佐々山は両手をあげる。
喰えないお姫様だと、そう思う。
否――、姫では無く兵士なのかとも思う。
前代未聞のトリプルエー判定を叩き出し、颯爽と現れた泉を見た時の衝撃は今でも忘れない。
恐ろしい程、綺麗で完成された女。
けれどもその目には、『未来』は映っていなかった。
潜在犯では無いのが不思議な程、彼女は希望を求めていなかった。
それを変えたのが、狡噛慎也と言う男。
同じエリート同士、馬があったのかも知れないが狡噛と付き合うようになって泉は少なからず変わった。
笑わない女は、良く笑うようになった。
正直最初の頃、佐々山は泉が一番とっつきにくいと感じていた。
けれども笑うようになった泉は、酷く親しみやすくなった。宜野座程厳格ではなく、狡噛程頭でっかちではない。正直、一番仕事がやりやすいのだ。
だが――。問題が一つあった。
狡噛慎也を中心に、彼女の世界は廻り始めている。
つまりそれは喜ばしいと同時に、酷く不安定な物に他ならない。