第35章 過去編:名前のない怪物
「痛い痛い痛い!」
「佐々山くん。いい加減にしないと撃つわよ。」
泉が呆れた目で佐々山を見下ろしながら、ころころと表情を変える瞳子を見てかつての自分を思い出した。
あの重厚な檻の中に入れば、誰だって外を見たくなるのが世の常と言うものだ。
人間は飛べないと知っているから翼を欲しがるのだ。飛んだ先に待つのが例え絶望であったとしても、それには気付かない振りをして翼を求める。
――そんな昔の自分を重ねて、泉は自嘲気味に笑った。
「泉?」
それに気付いた慎也が名前を呼ぶが、それより早く佐々山が語り出した。
「まぁとにかく俺が言いたかったのは、自分を大切にしろってこと!」
宝石は、己の輝きが他者の目にどう映るのか知ることは出来ない。
それがいかに魅力的で、時として暴力衝動を誘うと言うことも。
「お前ぐらいの年代は、自分を過信し過ぎる傾向があるからな。さっきみたいな事があっても何とか出来ると思ってたろ。」
佐々山の言葉に、瞳子はぐっと口篭る。
「いいか、今お前は世の中に自分が出来ない事なんて何ひとつ無いぐらいに思ってるかもしれねーが、その自信を支えてるのは、無知だ。自分の無知に泣かされる程、惨めなことはねぇぞ。大人が言うんだから間違いない。」
「何よ――、偉そうに。潜在犯のくせに!」
「ははっ、ちげーねー。」
佐々山は軽くあしらえば、瞳子の頭を二度撫でてから散らばったバックの中身を拾い出す。
それを横目で見ながら、瞳子は泉を見た。
「――お姉さんもそんな時期あった?」
「あったわよ。私は世界が全て敵だと思って生きて来たから。意味は違うけれど、全ては自分の力でどうにかするしか無いと思ってた。」
その穏やかな顔からは想像出来ない事実に、瞳子は僅かに瞠目する。
「――今は?」
「今は――、頼る事を覚えたの。お陰ですっごく楽になったわ。」
「それってあそこのお兄さん?」
佐々山と一緒に荷物を拾っている慎也を指差せば、泉は肯定の笑みを浮かべた。
「おぉ?!お前、これ一眼レフじゃねぇか!」
「ちょっと返してよ!」
佐々山が手に取っているカメラにギョッとすれば、瞳子が手を伸ばす。
リーチの差から器用にそれを交わせば、佐々山はホロデバイスに画像を移す。