第35章 過去編:名前のない怪物
「桜霜――、って。お前、確か桜霜学園の出身じゃ無かったか?」
泉の経歴を思い出していたのだろう。慎也が問えば泉は頷いた。
「ゲ?!マジで?日向チャン、桜霜学園の出身?」
それは少なからず瞳子にも衝撃的な事実であった。
瞳子は目の前の大人3人を見つめる。
黒髪の男が恐らく一番権力を持っているのだろう。少なくとも短髪の男は敬意と呼ぶに相応しいものは一切持っていないが、彼の部下だと言う事が伺える。
そして目の前の女性。恐らくは黒髪の男の恋人なのだろう。それにしても桜霜学園の出身で公安局に入るなど奇特な選択も良いところだ。彼女程の器量良しならば、相当の財界の大物に見初められても可笑しくないのに。
「何?」
そこまで考えていれば、瞳子の視線を不思議に思ったのか泉が問う。
「あ、いえ。――珍しいなと思って。ウチの学校の卒業生って9割方お嫁に行くって聞いてたから。」
「ふふ。確かにそうね。先生達にも散々止められたわ。」
そんな様子を見ながら、慎也は口を挟む。
「今君の学校に連絡したから、ここで迎えが来るのを待ってくれ。」
その瞬間、瞳子の身体が竦む。
それに気付いた泉はそっと瞳子の背中をさすってやった。
「大丈夫よ。私が上手く言い訳してあげる。」
「でも――!」
「桜霜の先生には顔が利くの。大丈夫よ。」
「甘やかすんじゃない、泉。廃棄区画で補導されたんだぞ。一度痛い目を見た方が良い。」
慎也の厳しい叱責に、瞳子はビクッと身体を竦ませる。
「おい、聞いているのか。」
「慎也!それぐらいにして!あそこは色々あるのよ。自由を求めたくなっても仕方ないわ。」
庇うように泉が言えば、慎也は思わず閉口する。
それを見ていた佐々山は失笑した。
「流石の狡噛も日向チャンには形無しだなぁ。」
そう言えば、煙草を押し消せば佐々山が立ち上がる。
「まぁお嬢様にはわからんかもしれねぇが、世の中には想像もできねぇようなわりぃやつもいるんだよ。俺みたいなね~。」
途端、瞳子の腕を掴めば机の上に押し倒した。
「ッ!」
「あら、声も出ないか。結構可愛いとこあるじゃ――!」
言い終わらないうちに、泉の鋭い蹴りを喰らって慎也がその腕を捻り上げる。