第30章 ステイルメイト
――後悔する時間さえ惜しいのだから。
「ゆるしてくださいゆるしてください。僕には他に選択肢がなかったんだ。」
それは確かな疑問だった。
既にサイコパスは規定値を逸脱しているはずだった。
この社会に置いて、自分の存在は『要らないもの』に分類されて然るべきなのだろう。
『今、貴方は我々を生理的に嫌悪し感情的に憎悪している。それでもシビュラシステムの優位性と必要性は否定出来ていない。シビュラ無くしては、現在の社会秩序が成立しないと言う事実をまず大前提として弁えている。正当性よりも必要性に重きを置く、貴方の価値基準を我々は高く評価しています。』
「秘密を守る為に――、両親を殺されたのよ。そんな私が頷くとでも?」
まるで嘲笑うかの如く、泉は呟く。
『日向泉はシビュラシステムと共通の目的意識を備えている。故に貴方が我々の秘密を暴露して、システムを危険に晒す可能性は限りなく低いものと判定しました。』
「――随分と舐められたものね。私は――!」
言葉に詰まってしまう泉を見透かしたように、シビュラは問う。
『再確認しましょう。日向泉。貴方はシビュラシステムの無い世界を望みますか?』
「――両親はこんな世界を作りたかった訳じゃない!」
『そう。否定しようとして躊躇してしまう。貴方が思い描く理想は現時点で達成されている社会秩序を否定出来る程、明瞭で確固たるものではない。貴方は現在の平和な社会を、市民の幸福と秩序による安息を何より重要な物として認識している。故にその礎となっているシビュラシステムを如何に憎悪し否定しようとも、拒絶する事は出来ない。』
あたかも全てを見透かしたように言われて、泉は吐き気がした。
「――知ったような口を利かないでよ。」
『確かに日向泉に関してはサイマティックスキャンの判定が全てとは言い難い。貴方もまたレアケースである免罪体質者と同じ性質を持っています。』
「だったらどうだって言うの?私の事も取り込むつもり?」
『その判断はまだ出来兼ねます。貴方の存在はこの社会秩序を保つ為に必要だと判断されました。』
「随分とお優しい事ね。」
特例と言いながら、随分と身勝手な判断を下すものだと思った。
所詮この世界は――、嘘で塗り固められている。