第30章 ステイルメイト
――言わない理由と言えない理由。
「あたたかいと泣く君は、凍えた声で僕を溶かした。」
『まず始めに。善と悪と云った相対的な価値観を排斥する事で、絶対的なシステムが確立されるのです。必要なのは完璧にして無謬のシステムそのもの。それを誰がどのように運営するかは問題ではありません。』
「バカな事言わないでよ!」
シビュラの身勝手な言い分に、泉は怒りを露にする。
『真に完成されたシステムであれば運用者の意思は問われません。我々、シビュラの意思そのものがシステムであり倫理を超越した不変的価値基準なのです。』
「ふざけないでよ!何様のつもりなの?!」
『ここにいる各々がかつては人格に多くの問題を抱えていたのは事実です。だが全員の精神が統合されて調和する事によって、不変的価値基準を獲得するに至っています。寧ろ構成因子となる固体の思考性は偏った特異なものほど、我々の認識に新たな着想と価値観をもたらし、思考をより柔軟で多角的な物へと発展させます。その点に置いて日向夫妻の特異性は極めて貴重なケースでした。』
そこまで聞いて泉は、一つの真実を見出す。
「――両親は貴方達の一部になるのを拒んだって言ったわね?」
『肯定です。』
「ようやく繋がったわ、何もかもね。なんで義兄が死体を切り刻まなければならなかったのか。政府の中で隠蔽されなければならなかったのかもね!」
死んで尚、その中に取り込まれる可能性を疑った両親は、義兄である槙島に痕跡すら残させないようにした。
不用意な捜査を行われては、良からぬ真実が明るみに出てしまう懸念があった。
つまりはそう言う事だったのだ。
「――日向くん。君はどこまで知っていたんだ?」
今まで黙っていた禾生が後ろから声を掛ける。
泉は振り返る事なく答えた。
「――何も知りませんでした。知りたく無かった。こんな物の為に――、私達家族はバラバラにされたのね。」
ドミネーターを握る手は震えていた。
『あらゆる矛盾と不公平の解消された合理的社会の実現。それこそが全ての人類の理性が求める究極の幸福です。完全無欠のシステムとして完成する事により、シビュラはその理想を体現する存在となりました。』
「何故――、そんな話を私に?」