第29章 血の褒章
――世界が、あふれた。
「突き刺した痛みなんてわからなくなるくらいただただ手酷い言葉をかけて。」
槙島と泉を追って行った慎也は、槙島に向けて発砲する。
それを槙島は酷く楽しそうに笑った。
「ついに紛い物の正義を捨てて、本物の殺意を手に取ったか。やはり君は僕が期待した通りの男だった。」
「そうかい。だが俺は貴様に何の期待もしちゃいない。」
どこか楽しそうな槙島に、慎也は苛立ちを露にする。
「ここまで来てつれない事を言ってくれるなよ。」
「良い気になるな!貴様は特別な人間なんかじゃない。ただ世の中から無視されて来ただけのゴミクズだ。たった一人で人の輪を外れて、爪弾きにされて来たのが恨めしいんだろう?!貴様は孤独に耐えられなかっただけだ。仲間ハズレは嫌だって泣き喚いているガキと変わらない!」
「――面白い事を言うな。孤独だと?それは僕に限った話か?この社会に孤独で無い人間など誰がいる?他者との繋がりが自我の基盤だった時代など、当の昔に終わっている。誰もがシステムに見守られシステムの規範に沿って生きる世界には、人の輪なんて必要無い。皆小さな独房の中で、自分だけの安らぎに飼い慣らされているだけだ。」
その瞬間、慎也が発砲する。
けれども割れたのは鏡だった。
「――ッッ?!」
「慎也!後ろ!」
「――?!」
その瞬間、後ろから槙島が襲い掛かる。
慎也はそれを避けながら、泉の居場所を探す。
けれども彼女の姿は見当たらなかった。
「――泉を、俺の女をどこへやった?!」
「前も言ったが、おこがましいな。あの子は元々僕のものだ。」
蹴飛ばされた銃を一瞥すれば、慎也はナイフを取り出す。
すると槙島もナイフを取り出した。
「『これ善は、その善なる限り、知らるるとともに愛を燃やし、かつその含む善の多きに従いて、愛また大いなるによる。』」
「――ダンテ、だと?」
「最初で最後の戦争をしようか、狡噛慎也。褒美はそうだな。僕達が最も愛して止まない、彼女でどうだろう。」
槙島が上を指差す。慎也は促されるまま視線を上げて、そして息を呑んだ。
「――泉!!」
そこにはまるで十字架に磔にされたイエス・キリストの如く、彼女がいた。