第26章 閑章:サロメ【後編】
「――日向!おい、聞いてるのか?」
「え?!あ、すいません!」
慎也の声に、泉はハッと意識を戻す。
1年前、初めてを奪って行った男は忽然と姿を消した。八方手を尽くしては見たが、消息はおろかその戸籍さえも探す事は叶わなかった。
「ったく。どうしたんだよ?」
「あ、いえ――。今日2月14日だなと思って。」
「は?お前、誕生日かなんかか?」
「違います。」
泉はそう言えば、再び視線を車の外へと戻した。
その様子に慎也は舌打ちをすれば、思い出したようにポケットからチョコを取り出した。
「おい、やる。」
「――え?」
渡されたチョコに、泉は目を丸くする。
「さっきコーヒーを買いに行ったら当たったんだが、俺は甘いモノ苦手なんだ。」
「――狡噛さん。今日が昔何の日だったか知ってます?」
「はぁ?」
訝しそうな慎也に、泉はふっと笑う。
「何でも無いです。有難うございます。」
「教えろよ。気になるだろうが。」
「――内緒です。」
慎也がバレンタインの意味を知るのはその翌年のこと。