第26章 閑章:サロメ【後編】
やがて季節は巡り、泉は高等学校を主席で卒業。そのまま公安局への就職が決まった。
槙島にプレゼントされたスーツを着れば、くるりと回って見せた。
「先生!どうですか?」
「うん。似合うよ。日向くんは美人だからね。」
パチパチと手を叩いた槙島の側に寄れば、泉はジッと槙島を見上げる。
その意図が分かった槙島はそっとその長身を屈めて泉の唇にキスをした。
「ん――、先生。」
「もう先生じゃないよ。僕の役目は終わりだ。」
そっと頭を撫でられて、泉は困ったように言う。
「――聖護、さん?」
「うん、悪くない。あんまり名前で呼ばれる事が無いから不思議な感じだよ。」
「ふふ。じゃあ私は聖護さんの特別になれたのかしら?」
嬉しそうに笑う泉の頬を、槙島はそっと撫でた。
「君はいつだって僕の『特別』だよ、泉――。」
初めて名前を呼ばれたはずなのに。
槙島の口から出た自分の名前は、今まで何故呼ばなかったのだと問い質したくなるぐらいにしっくり来ていた。
「――泉?」
黙ったままの泉を不思議そうに槙島が見る。
「昔――、私の名前を呼んだコトあった?」
その問いに一瞬だけ顔色を変えた槙島はそのまま再び泉に深く口付けた。
「――ンン!聖、護さ――!」
「――ここまで我慢した僕にご褒美をくれるかい?」
「我慢、してたの?」
机に押し倒された泉は、どこか楽しそうに笑う。
「まさか僕に性欲が無いとでも思ってた?」
「少しだけ。だっていつも軽いキスしかしてくれなかった。」
「――君は僕にとっての『聖域』だからね。軽々しく触れたくなかったんだよ。」
「相変わらず聖護さんは、詩人ね。」
「――もう黙って。」
啄むような口付けがいつしか深いものへと変わる。
泉は目を閉じれば、そっと槙島の首へと腕を回した。