第25章 閑章:サロメ【前編】
「――何故だかこの絵は覚えているんです。叔母から聞いていますか?私の記憶が無いコト。」
「――あぁ。ご両親を亡くした時までの記憶が抜けているとか。きっと哀しい記憶だったんだろう?」
出来るだけ平静を装って槙島は言う。けれど泉は首を横に振った。
「『人間は動物よりまさっているからこそ、いいかえれば人間は自己であり、精神であるからこそ、絶望することができるのである。』」
「キルケゴールの言葉だね。」
槙島が言えば、泉は頷いた。
「哀しかったから記憶を失ったんじゃない。きっと私は何かに絶望したんだと思っています。」
「――記憶を取り戻したいかい?」
そっと槙島が泉の頬を撫でれば、泉は困ったように笑った。
「分からない。――槙島先生はどう思いますか?」
「僕は――、そうだね。このまま箱庭の中で幸せに生きて行くのも一つだとは思うよ。」
その回答に少しだけ意外そうに泉は目を見開く。
「確かに――。このままこの学園を卒業して、淑女のレッテルを貼られて古風な女性を好む男の元へと差し出される。それも一つの人生ですわね。」
「だけど君はそれを望まない。違うかね?」
「えぇ。私は自分の過去を取り戻します、絶対に。その為にはまず公安局に入るわ。」
「――僕を家庭教師に選んだ本当の理由を聞いているのかな?」
その言葉に、泉はゆっくりと頷いた。
「免罪体質――、と言うんでしたっけ?」
「国家機密だよ、その言葉は。」
「父の研究内容を見ました。――シビュラの設計も。」
「僕はどうやら生まれながらの免罪体質者らしいね。だが君は違う。」
「えぇ。でも父の記述を見る限り、限りなくそれに近くなる事は出来る。そうですよね?」
「――所謂、マインドコントロールでね。辛いよ?」
どこか心配そうに言う槙島に、泉は力強く答えた。
「構いません。私は自分を壊してでも両親を殺した犯人を突き止めたい。」
「――そう。分かった。」
そうして槙島聖護は、再び泉の元へと現れた。
義兄と言う事実は隠したまま、表向きは家庭教師として。