第25章 閑章:サロメ【前編】
――幻想が終わるとき。
「裏切られたのだと知ったのは、多分生まれてきた次くらいの絶望だった。」
その顔は初めて見るはずなのに、どこか懐かしかった。
「――失礼するよ。君が日向泉くん、かな?」
コンコン――、と。開け放たれたドアを形式ばかりに叩いて男は入って来た。
「そうですけど――。貴方は?」
「僕は槙島聖護。君の家庭教師になる。聞いているかな?」
その言葉に、泉は絵を描いていた筆を止めた。
「――叔母から伺っております。でもこの桜霜学園にわざわざ足を運んで――、槙島先生も物好きね。」
その言葉に、槙島は何とも言えない気分になる。
「――槙島先生、か。」
「だって。そうでしょう?――槙島先生は何か探したいものでもここにあるのですか?」
「どう言う意味だい?」
泉の質問の意図が分からず、槙島は首を傾げる。泉はそんな彼の様子に唇に弧を描いた。
「――まるで私をダシにして学園内部に入り込んだみたいだから。」
「おやおや。随分と警戒心の強いお嬢さんだ。」
「違いますか?」
「違うよ。――僕はね、君にずっと会いたかったんだよ。日向くん。」
カツンと槙島の上質な靴が音を立てる。距離を詰められて尚、泉は再びキャンバスに筆を走らせた。
「――これは、ゴッホかな?」
「えぇ。良くご存知ですね。」
「君こそ。今時、珍しい。」
その言葉に、泉は再び手を止めた。