第3章 飼育の作法
――どうして、君は。
「思い出を抱えて生きていくのは難しすぎて、でもね、捨てて行ったらつまずいちゃうの。」
パンパンと渇いた音が部屋に響く。
自室に垂らしたサンドバッグを無心で殴る慎也を泉は黙って見つめていた。
「ハァハァ――。」
飛び蹴りをした後、ようやく止まった慎也に泉は頭からペットボトルの水をかける。
「――泉。」
「暑いだろうと思って。」
悪びれない泉に、慎也はそのペットボトルを奪い取る。
煙草を取り出して火を点ければ、泉の恨みがましそうな視線に気付く。
「――お前はダメだ。」
「なら慎也も禁煙して。」
後ろから抱き付けば手元の煙草を強引に押し消す。
それに抵抗する事も無く応じれば、慎也は振り向いてそのまま泉に口付ける。
「――じゃあお前が煙草の代わりな?」
「良いわよ。」
クスクスと笑えば、泉の腕が慎也の首に回った。
「被害者は塩山大輔、27歳。八王子ドローン工場勤務。午前4時丁度に死体が発見された。テスト中のドローンによって身体をバラバラにされたらしい。」
運転しながら宜野座が説明をする。
それを聞いていた朱は、控え目に口を開いた。
「――事故、でしょうか?」
「問題の工場で死傷者が出るのは、この1年間で既に3人目だそうだ。」
「――異常、ね。」
後部座席にいた泉がようやく口を開けば、宜野座も頷いた。
「現場はドローンの挙動検査セクション。完全自動化された生産ラインの中で唯一の有人区画だ。ここにはおよそ50人余りのデバックが常駐している。」
「泊り込み、なんですか?」
朱が問えば、宜野座は頷いた。
「たったそれだけの人数で、毎月千台以上のドローンを評価検証するとなればフルタイムシフトを組むしかない。」
黙って宜野座の説明を聞いていた泉は、確信したように呟く。
「なるほど。検査前のドローンに誤作動を誘発するプログラムを仕込めば事故を装った犯行は可能ってことね?」
「――と言うことは。」
「泉の言う通りだ。殺人の可能性もある。」
やがて見えて来た工場を、泉は面倒臭そうに見つめた。