第20章 揺りかご事件【後編】
――現実と夢の狭間で。
「普通にやさしくて普通にあったかくて普通に懐かしい、そんな世界が欲しかった。」
「――何も覚えていません。」
「そうか。君は一人であの別荘へ行ったのかい?」
「――はい。明日になればパパが迎えに来てくれるはずでした。」
その答えに、公安局の刑事達は顔を見合わせる。そこには禾生の姿もあった。
「それでは、日向泉くん。再度確認をするが、君はご両親が殺された現場は見ていないんだね?」
「はい。」
「最近ご両親や君の周りで不審な人物を見掛けた事は?」
「ありません。」
まるで感情の無い人形のように答える泉に禾生はため息を吐く。
「――宜しい。君のこれからだが、親戚の方が引き取られるそうだ。念の為、療養施設でセラピーを受けた後で親戚の家に行くと良い。」
「はい、有難うございます。」
「――泉くん。この度は――。」
禾生の言葉を、泉は強い口調で止める。
「やめてください。同情は必要無いです。」
「――君は、大人になる事を選んだのだな。」
僅か10歳の少女は、子供でいる事をやめ大人になる事を選んだ。
禾生はその事実に唇を噛み締めた。
「――1つ教えて下さい。この事件、迷宮入りになりますか?」
「君には正直に答えよう。これ以上、捜査が進展する可能性は正直少ないと言える。ご両親の遺体はバラバラにされ、犯行推定時刻すらままならない状態だ。」
「そうですか。――公安局にはどうやったら入れますか?」
その言葉に、禾生は目を見開く。
「君は――。いや、そうだな。君は適任かも知れんな。高等学校まで進みたまえ。ある程度の適正が出れば、公安局に私を訪ねて来るが良い。推薦状を書いてあげよう。」
「――有難うございます。」
その後、通称『揺りかご事件』は公安局の極秘ファイルに移され表向きは『大学教授一家失踪事件』として幕を閉じたのである。