第26章 知らないとでも思っていたのかい、可愛い君
「――あれから、幾度季節が巡ったのだろうな。」
薄桜鬼――、と。
名を付けたあの男は、恐らくもう生きてはいまい。
珍しく感傷に浸っていた千景の足元に、カランと空の皿が落とされる。
「――あぁ。もう食べたのか。」
律儀に皿を持って来た北斗の頭を一撫でして、千景は空の皿を持って部屋へと戻った。
「あ、遅いよ。千景、冷めちゃったじゃない!」
部屋へ戻ると綾女が準備をして待っていた。
「暖め直して来るね。」
立ち上がった綾女の腕を、千景は引っ張って腕の中に収める。
「――ち、かげ?」
予期せぬ千景の行動に、綾女は目を白黒させる。
「――祝言でもあげるか。」
「は――?」
千景の口から紡がれた言葉に、綾女は素っ頓狂な声を上げる。
その声に、千景は軽く笑う。
「何だ、そのマヌケな声は。もう少しマシな反応が出来んのか?」
「や――、だって――。え――?!」
パニックに陥っている綾女を一旦腕から出せば、千景は優しく口角を上げた。
「子は作らぬ。そしてお前は絶対に俺よりも先に死ぬ。それでもお前は――、俺と共に生きるか?」
一筋の涙が頬を伝った。
「そんなの、当たり前じゃない!今更――!生かしたのは千景でしょ?」
「――そうだったな。」
ふっと笑えば、千景は綾女の涙を拭ってやる。
「お前の死に際は俺が看取ってやるさ。」
「最高の殺し文句ね。」
重なった唇から、微かに涙の味がした。
幾度、幾度――。
季節が巡っても、桜は咲き誇りやがて散るのだ――。
それはまるで人間の生き様そのもの――。
2010/10/16 完結
2015/12/19 再掲