第6章 応報
「戻れ。」
「嫌でございます。」
平家の陣はかつてないくらいピリピリしていた。
それもそのはず。
知盛とその妻が、珍しく言い合いをしていた。
「――亜弥。俺の言う事が聞けぬのか?」
普段なら軽く流してやるところだが、生憎今の知盛にそんな余裕はない。
「聞けません。知盛様だけ壇ノ浦に残して、私が先に逃げるなど嫌でございます。」
「どうにかしろ、有川。」
珍しく食い下がる亜弥に流石の知盛もお手上げ状態になる。
「――無理だな。一回こうなった亜弥は絶対折れないぜ。」
昔を知っている将臣は苦笑しながら告げる。
「――ダメだ。聞き分けろ、亜弥!」
こめかみを押さえながら、知盛は呟く。
そう。
亜弥について来られると、彼が考えた計画が台無しになるのだ。
「いくら知盛様のお言葉でも今回は聞けません。」
「~~ッッ!勝手にしろ!」
その言葉に、周りにいた兵士達にどよめきが走る。
『あの』知盛が折れたのだ。
知盛はギロリと騒ぎ立てる兵士達を一睨みする。
その瞬間、蛇に睨まれた蛙の如く静かになったのは言うまでも無い。
「――亜弥。同行は許す。だが、俺の側は絶対に離れるなよ。」
「御意。」
亜弥はそう言えば、先に逃がす子供たちの支度をしようと部屋に下がった。
その後姿を見ながら、知盛は盛大な溜息をついた。
第42夜~一人じゃ息も出来ない癖をして~
「流石の兄上も、義姉上には敵いませぬか?」
「――重衡。殺すぞ。」
クスクスと厭味な笑いを浮かべて近付いて来る弟に知盛は吐き捨てる。
「八当たりなさいますな。――兄上。そろそろ私には、種明かしをして下さっても良いのでは?」
他の兵士達や将臣に聞こえないように扇を立てれば、重衡は知盛の耳元で問うた。
「どういう意味だ?」
重衡の言葉に、知盛は眉根を寄せる。
「そのままの意味でございます。気付いていないとお思いですか?」
その言葉に、知盛はもう一度深いため息をついた。