第1章 始まる悪夢
部屋を出た先は長い廊下か続いていて、いくつもの扉があった。
背後でぬいぐるみの蠢く気配がする。迷っている暇はない…!
私は先の見えない廊下を必死に走った。
『どコへ行くノ?ドこへ行クの?』
『捕マえなナきャ、捕まエなキゃ』
ゆっくりではあるが、ソレは確実に私を追ってきていた。
「……っっ」
息が苦しい。
どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。こんなの全部悪い夢であればいいのに。
そんな思いとは裏腹に息が上がり、肺や足が悲鳴を上げ、残酷にもこれは夢ではないと伝えてくる。
溢れてくる涙を堪えて、私はただひたすらに走った。
すると、何処からか声がした。
“こっちだよ”
追ってくるアレらの声じゃない。柔らかくて優しい声。
それに導かれるようにして走ると、沢山ある部屋の扉の一つが少し開いているものを見付けた。
“さぁ早く。こっちへ…!”
「…っ」
この声に従っていいのかはわからないけれど、今は考えている余裕がない。
私は縋る思いでその部屋に飛び込んで扉を閉めた。
「っ、は…っはぁっ」
息が上がって、何度か咳き込みそうになるのを耐えながらドアノブを抑えた。
勢いでこの部屋に逃げ込んでしまったけど、本当に平気なんだろうか。
上がった息を整えながら、扉の外に気をやった。
物音はしない。不気味な声も、笑い声もしない。
そのことに少し安堵していると
ドンドンドンドンドンドンッ!!
「キャ…っ!!?」
突然聞こえてきた音に心臓が跳ね上がり、思わず悲鳴を上げそうになると、背後から誰かに口を塞がれた。
なに!?誰!?
「しーっ。大きな声を上げちゃ駄目だよ」
「…っ」
突然の出来事に戸惑う私を宥めるように、優しい声が耳元で囁いた。声の低さからして恐らく男の人だろう。
…あれ、この声ってさっきの…?
「君を捜してるんだろうね。扉を叩いて廻ってるみたいだけど、さっきの音は少し離れてたからこの部屋じゃないよ。怖いだろうけど、もう少しだけ我慢しようね?」
泣いている子供をあやすような声音で言うこの人は、一体誰なんだろう。
ただ不思議と安心できた。顔すら見えない全く知らない人のはずなのに、一人ではないというだけでこんなにも安心するものなのだろうか。