第1章 始まる悪夢
ぐに。
なにか柔らかいものを踏む感触がした。
慌てて足を退けて下を見ると、そこには服を着たクマのぬいぐるみが転がっていた。
「なんだ、びっくりした」
でも、さっきまでこんなのあったかな?
不思議に思ってそのぬいぐるみを拾い上げた。特に変わった様子はない可愛らしいぬいぐるみだ。
小さい頃、こういうぬいぐるみをよく祖母が作ってくれたっけ。
そんなことを思っていると、何処からか声が聞こえた。
『ねえ、どこへ行くの?』
「っ!?」
間違いでなければ、声は手元のぬいぐるみから聞こえてきた。
「ぬ、ぬいぐるみが喋った…?」
『ねえ、どこへ行くの?』
クマのぬいぐるみは私の問に答えることなく、同じことを繰り返し言う。
無機質なボタンの目が私を見ているような気がして、可愛らしいはずのぬいぐるみに恐怖を覚えた。
『ねえ、どこへ行くの?』
また、同じ言葉を繰り返す。
私は恐ろしくなってぬいぐるみを床に放った。
震え出した体を抱くようにしてソレから距離を取ると、またソレが喋り出す。
『ダメじゃァないか。キミはここにいなくちャ』
「ひ…っ!?」
クマの体が歪な動きで起き上がると、薄暗い空間の中で沢山のぬいぐるみ達がケタケタと不気味な笑い声を上げて蠢き出した。
さっきまでこんなにいなかったのに…っ!
愛らしいボタンの目はどこへ消えたのか、ぬいぐるみ達の目は皆ぽっかりと穴が空いているような底のない深い黒に変わっていた。
『ねェ、どこへ行くノ?キミはココにいなくちャ』
『足ダ。足ガなけれバどコへも行けナいネ』
『目ダヨ。何モ見えナけレばどこニも行ケなイ』
暗い穴の目が一斉に私を見た。ゾクリと、全身が粟立った。頭の中でうるさいほど警鐘が鳴り響く。
逃げなきゃ。
「…っ!!」
私は恐怖で震え上がる体に鞭を打って駆け出した。
縋るように手を掛けたドアノブは幸いにも簡単に回り、転がるようにしてその部屋から出た。