第4章 人形部屋の管理人
管理人さんは引きずって持って来た人形を差し出してくれた。
“扉にあげる”なんておかしな事を言っているのに、管理人さんはなにも聞いてこない。
ここの人達にとっては普通の事なんだろうか。
「ありがとう。じゃあ、早速これを彼の所にもって行こうか」
「…ねえ、本当にそれで大丈夫なの?最早食べ物でもないんだけど」
「大丈夫。彼なら何でも食べそうだし、ばれる前に口に突っ込んでしまえば問題ないよ」
「口に入れた時点でばれるよねそれ」
シロノは大丈夫大丈夫と言うが、私の不安はちっとも晴れなかった。
私は深くため息を吐いて、管理人さんに向き直る。
「すみません、じゃあ頂いていきますね」
ありがとうございますと軽く頭を下げると、管理人さんは静かに手帳にペンを走らせる。
そして書き終わったページを破って手の平サイズに折り畳むと、それを私の手にそっと握らせた。
不思議に思って管理人さんを見上げると、感情の読めない紫色と目が合う。あの瞳の奥で、一体なにを思っているのだろう。
管理人さんはゆっくりと視線を外し、私に背を向けて歩き出した。黒い軍服の上着が闇にはためく。
管理人さんは来た時と同じように、靴音を響かせて暗い廊下の奥に消えていった。
また自分の仕事に戻っていったのだろうか。
ちょっと怖かったけど、なんだか不思議な人だった。
結局名前聞けなかったな、なんて思いながら先程渡された紙を広げてみると、そこには一言
【気を付けなさい】
そう書かれていた。
なぜかドクリと心臓が跳ねた。
気を付けろ?それはこの場所に対して?それとも…
「優衣ちゃん」
「っ!?」
後ろから掛けられた声に肩が跳ね上がる。
振り返ると、シロノが不思議そうに首を傾げてこちらを見ていた。
「どうしたの?顔色が悪いみたいだけど」
「…ごめん、なんでもない。大丈夫」
軽く笑ってみせると、シロノは「そう?」と言って床に転がる人形の襟首を掴んで持ち上げる。管理人さんに貰った方の人形だ。
「じゃあ行こうか。おいで、優衣ちゃん」
「うん」
管理人さんのように人形を引きずるシロノの隣を並んで歩く。
横目にそっと覗き込むと、シロノはそれに気付いてニコリと笑う。
まさかね。
私は苦笑を零して、ポケットに押し込んだ紙をギュッと握った。