第1章 始まる悪夢
“おいで、おいで。こっちへおいで”
微睡みの中、声が聞こえた。歌のようにも聞こえる。
なんだろう。おいでって、私を呼んでいるの?
“起きて、起きて。さぁ、起きて”
そう囁く声に誘われるように、沈んでいた意識がゆっくりと浮上していく。
「……ん」
目を開けると、見慣れない天井が視界に入った。
柔らかいベッドの感触が体に伝わってくる。
ぼーっとした頭のまま首だけを動かして辺りを見回すと、そこは薄暗く、壁に掛かった燭台の火がぼんやりと広い部屋を照らしていた。
広い?私の部屋はこんなに広かっただろうか?
壁に掛けられているよくわからない絵も、大きなタンスやドレッサー全てに覚えがない。
ここは、私の部屋じゃない。
「…っ!?」
寝惚けていた頭がそれを理解すると、サッと血の気が引き、私はベッドから飛び起きた。
「なに、ここ…どこ…っ?」
驚いて苦しいほど脈打つ胸を押さえて、私はもう一度周りを見渡した。
自分の部屋とはかけ離れた、どこかのお屋敷のような洋風の空間にバランスよく配置された綺麗な調度品達。
薄暗い部屋のせいか、不気味に感じる絵画。
やはりどれにも見覚えはない。
私はどうしてこんな所にいるのだろう?
そもそもここに来る前はどこにいた?
「思い出せない…」
自分の名前や家のこと、家族や友達の顔は確かに思い出せるのに、何故かこうなる前のことが思い出せなかった。
「とにかく、ここから出なきゃ…」
思い出せないのは不安だけど、ここにいてはいけない気がする。
ベッドから足を下ろすと、白いハイソックスと茶色いローファーが目に入った。どうやら私は靴を履いたままベッドに横になっていたようだ。
ということは…と、自分の体に目を落とすと、着ているのはやっぱり制服だった。
学校の帰りに誘拐されたとか?
でも学校に行った記憶も曖昧だ。変なの。
全ての記憶がなくなったわけではなく、一部だけが切り取られてしまったかのように思い出せないなんて。
「はぁ…」
重いため息が口から零れた。
今考えても仕方ない。とにかくこの部屋から出てみよう。
ここは建物の中なんだ。必ず出口がある。
そう考えて、私は一歩踏み出した。