第4章 >>3 深夜徘徊は駄目な件
「斉藤くん…ねぇ?」
及川が興味深そうに僕の前まで来ると、目を真っ直ぐ見て、にっこり笑った。
「嘘つくの、下手だね?」
「教えてよ。名前。」
目が笑っていない。
教えてよ、なんて優しい言い方では無い。
目が、教えろと命令する。
『…っ… 。』
思わず本名を口にしてしまった。
しくじった。
「岩ちゃん安心して、これは本当みたい。」
にっこりしながら岩泉にそう告げる及川は、随分と機嫌が良いのか鼻歌を鳴らしながらビールを飲む。
「そういう所は尊敬するわ、ペテン師及川。」
「ちょっ!酷くない?!」
ビールを飲みながら、まるで学生の様に笑う彼らが眩しくて。
反吐が出る。
『僕、帰ります。』
ポケットからスマホを取り出して、玄関に向かう。
『お邪魔しまし…ぃっ?!』
途端に暗転。
視界が真っ暗になったと思うと、後ろから耳にふうっと息を吹きかけられた。
「だーれだっ?なんちって…とりあえず心配してあげてんだからさ、まあその…何だ?うん…。」
「ゆっくりしてけよ。」
纒わり付く甘ったるい声から、地を這う様な低い低い声。
足が縫い付けられた様に動かなくなった。
喉が乾き、汗が流れ、呼吸が乱れ、絞り出すようにか細く出た答えは、まるで初めから決まっていた様で。
『わ…かりました…。』
リビングに戻ると、テレビがついていた。
今話題のアイドルがお笑い番組に出て、馬鹿をしている。
そんな普通の番組なのに、テレビから流れる笑い声は全く聞こえなかった。