第10章 >>8 お気に入りな件
『さ…覚さん、別のタクシー。』
言葉が上手く纏まらない。
目の前の現実が、天童覚という男の狂気を示しているみたいで。
呼び捨てなんて出来なかった。
ちらりと見た運転手さんのハンドルを握る左手には、薬指が無かった。
「んー、つまんないなあ。」
そうは言ったものの、彼は意外にも素直に応じてくれた。
別のタクシーに乗ると、窓の外を子供みたいにキラキラした目で見つめて、わくわくしている様だった。
スリル。
彼が僕に味合わせるスリルは、今迄と違って遊びなんてものじゃない。
手に負えない。
ゲームじゃないんだ。
彼はそういう人間なのだ。
彼だけじゃ無く、きっと及川も影山も日向も。
僕よりよっぽど暗い場所の人間なんだろう。
そして、あの優しい岩泉も…きっと。