第10章 >>8 お気に入りな件
『タクシー拾って、後は1人で帰る。』
天童覚と居るのは危険だ。
自分が壊れそうで、逃げるようにタクシーを止め乗り込む。
「待ってよー、ちゃーん。」
閉まるドアに無理矢理突っ込まれる手。
冷たい手が、ドアをこじ開けて運転手にへらりと笑う。
「てっ…天童さん…!」
運転手は途端に汗を流し、肩を震わせた。
知り合いなのだろうか。
そんな事より、彼が家まで着いてくるつもりなのだと思うとゾッとした。
「お久しぶりィ〜、返済日過ぎてるよォ〜高橋さーん。」
よいしょと、僕を押し込めると自分も乗りそう言い放った。
返済日?彼は金貸し??
益々ややこしい人と関わってしまったと思うと、頭が痛くなってきた。
「明日までには必ずっ…女房も子供も居るんです…!」
酷く震えた声に、精一杯の伝えたかったであろう言葉。
「ああ…次は右薬指イっとく?」
それに答えた言葉は冷たくて、表情は恍惚。
その横顔に、息が出来なくなるほどの恐怖。
「お前の左薬指最高だよォ?結婚指輪付きとか、レアじゃん。結構気に入ってるから。」
何かを思い出しているのか、少し目線を上に向け、舌で唇をぺろりと舐めるとキョロっとこちらを向いて。
「ちゃん気にしないでネ!こっちの話だから!」
無理ですそんなの。
運転手さんは、うっうっと泣き出す始末。
こんなタクシーで帰るなんて、胸糞悪いってもんじゃない。
怖いけど、言わなきゃ。