第1章 バレンタインデー【ブン太/跡部/岳人】
俺は悠鬼が寝付くまで傍に居て、頭を撫でながら寝顔を見つめていた。
夢の中でも時々泣いていて、その度に俺は彼女に優しいキスをした。
暫くして昼になり、俺はキッチンを借りて昼飯を作って居た。
小さめの土鍋の前で粥が煮えるのを待っていると、不意に背中に温もりを感じる。
この家には俺と彼女しか居ないから誰だか直ぐに分かり、顔だけ後ろを振り向いて軽く笑みを見せる。
「ん?……寝てないとダメだろ?」
『帰っちゃったのかと思ったの~』
「昼飯を作ってたんだよ、食う?」
『岳ちゃん、お料理出来たの?』
「ネットで見たヤツをそのまま作っただけ。粥だけだから」
『食べる~!』
「食欲がありゃ、明日には熱も下がるだろ」
背中に抱き付いている悠鬼を離させ、少し屈むとおんぶをして部屋へと運ぶ。
その間、彼女は嬉しそうに首に抱き付き、漸く可愛い笑顔を見せてくれた。
こういうのもたまには悪くねぇな……
悠鬼を運んだ後、再びキッチンに戻りお盆に昼飯と薬・水を乗せて部屋に入った俺は、椅子を持って来てベッドの傍に座る。
「ほら、いっぱい食って薬飲めよ?」
『あ~んして?』
「……ッ……俺がするのか?」
『岳ちゃん、甘えろって言った』
「……ッ……」
悠鬼の言葉に息を詰まらせ、俺は恥ずかしくて何も言えなくなってしまう。
そんな俺を彼女は、じっと見つめて来て『あ~ん』と小さい口を開いて来た。
俺は悠鬼の要望を聞く為にレンゲで土鍋内の粥を掬い、フーフーと冷ますと彼女の口元に近付ける。
今の彼女は先程の弱々しい態度とは違い、ニコニコと嬉しそうに微笑みながら粥を口に含む。
『んー!……美味しい~!』
「良いから早く食えよッ」
『いやぁ……ゆ~っくり食べるの!岳ちゃんが食べさせてくれてるんだもん、勿体ないでしょ?』
「……ったく、お前なぁ」
悠鬼の満面の笑みにめちゃくちゃ羞恥心を覚え、顔を赤くする俺を相手が面白がっているのが容易に分かる。
俺は恥ずかしさと戦いながら、悠鬼の可愛い意地悪に数十分耐え続けた。