第1章 バレンタインデー【ブン太/跡部/岳人】
私は長ちゃんから離れて俺様部長の傍に行くと、顔色を伺う様に覗き込む。
『その辺のスーパーで買ったチョコで、庶民が作った物だよ?……それでも景ちゃんは欲しい?』
「そいつ等にやる前に俺様に寄越すべきだろ……まぁ、庶民の食いモンが俺の口に合う訳ねぇが、貰ってやるから有り難く思え」
その発言にイラっとした私は、寄越せと差し出して来た景ちゃんの掌をペチンと引っ張ったく。
彼を叩ける女の子は中々居ないでしょう!
実際イケメンで実力もあるし、景ちゃんは黙って居ればずっとカッコイイとは私も思う。
しかし私は他の子の様に、彼に対して甘くありません!
『ならあげません!景ちゃんは食べ切れない程貰ってるんだから、態々受け取って貰わなくて結構です!』
そう言い残して私はパタンっと部室から出て行く。
「あのアマっ……俺様を引っ叩きやがって……」
「跡部は去年も一昨年も貰えへんかったからなぁ……気の毒やわ」
「アーン?俺は別にあいつのなんか欲しくねぇよ」
「……ったく、跡部も悠鬼も素直じゃねぇからな。」
「鈍すぎですね」
「跡部さんが本気じゃないなら……俺、悠鬼先輩に告白しますよ?」
「……てめぇ……鳳」
「俺は本気で悠鬼先輩が好きです、跡部さんには負けませんよ」
「……良い度胸じゃねぇか」
悠鬼の前だとあわあわと緊張して動揺を見せる鳳だが、跡部に宣戦布告した彼はとても強気な態度でいる。
跡部と鳳の間にはバチバチと火花が散っていた。
放課後の練習が終り、部員達が帰っても私は部室に一人残っていた。
そして一箱のチョコを胸に抱いてロッカーの前に立つ。
【跡部】と書かれたロッカーに触れて、暗い表情を浮かべながら深い溜め息を吐く。
今年で三回目。
彼にあげたい気持ちはあるが、どうしても一歩が踏み出せないでいる。
出逢った時は嫌いだった筈なのに、今では彼を想うと胸を締め付けられる様に苦しい。
「……悠鬼」
『っ!?』
背後から声がしたかと思うと、彼は私の後ろからロッカーに両手を付いて逃げられない様にする。