第8章 As if walking slowly(黄瀬涼太)
「どうしよっか、オレ、検査薬買って来ようか」
「あ……ううん、一本あったと思う。ちょっと、行ってくるね……」
男とは本当に情けないもので、どうしたらいいのか分からずに、なんかオロオロしてしまう。
みわはサッとトイレに行ってしまったが、なかなか戻って来ない。
辛抱ならずに廊下へ出ると、ちょうどみわもトイレから出てくるところだった。
「どうだったっスか?」
「……うん、陽性……だった」
みわが向けた検査薬の窓には、くっきりと青い線が表示されていた。
"陽性"、感染症問題だと絶望的なこの言葉が、こんなにも嬉しい響きになるなんて。
「……みわ、部屋戻ろ」
このぺったんこの薄い身体の中に、新しい命が。
なんかすげえ、女の人って本当にすげえ。
寝室のドアを閉めると、みわは不安げな表情でオレを見た。
「涼太……」
「うん、行くのは産婦人科っスね」
「涼太」
「うん?」
「産んでも、いい?」
「え……っ?」
まさかの質問に、目が転がり落ちるかと思った。
「も、勿論っスよ! 産んでくれるんスよね?」
細い両肩を掴んでそう聞くと、大きな瞳からぽろぽろと零れたのは、涙。
「よ、よかったぁ……涼太、困ってるみたいだったから」
「ごめん、違うんスよなんかパニクっちゃって」
自分でも驚くほどカッコ悪い。
色んな感情がないまぜになったまま、彼女を胸の中に閉じ込めた。
「みわ、ありがと……」
また、彼女は命懸けでオレとの子どもを腹ん中で育てて、産んでくれるんだ。
愛するものが、大切なものが、また増える。