第8章 As if walking slowly(黄瀬涼太)
「ただいま」
寝室を覗いても布団は抜け殻。
リビングに気配がある。
「おかえりなさい。ありがとう。……どうだった?」
「うん、全員が大喜びだったっスわ」
久しぶりにばーばの家に行けた息子も、孫に会えた母親も、甥に会えた姉ちゃん達も大喜びだった。あれで父親まで加わればパーティーくらいの盛り上がりになるだろう。
心配はなさそうだ。
「良かった。涼太も疲れてるのにごめんね。コーヒーでも淹れようか」
「あぁいいっスよ、オレやるから」
そう言ったのに、みわもキッチンへとやって来た。
彼女にも何かさっぱりするお茶でも淹れてあげよう。
「寝てなくて大丈夫なんスか?」
「うん、もう元気だよ。ありがとう」
みわのハーブティーの茶葉をティーポットに入れ、自分用のドリップパックコーヒーのフィルターをマグカップにセットする。
ここの珈琲店のドリップコーヒーは、パックとは思えないほど本格的で、すごくまろやかで飲みやすく、常にストックを置くほどだ。
時間がある時はコーヒーは豆挽くとこから淹れるけど、そうじゃない時はこれで十分。
ケトルで沸かした湯を注いで、コーヒーアロマで癒されながら、少し蒸らして……
「……ぅ、っ」
小さな呻き声と共に、みわが俯いた。
「みわ?」
みわは手で口を押さえたまま、返事もせず走ってリビングを出て行った。
何が起きたか分からないオレも、慌てて追う。
開け放たれた扉は、トイレのもの。
中から、咳き込んでいる声が聞こえる。
「みわ、気持ち悪いんスか?」
どうやら嘔吐してしまったらしい。
上下する小さな背中を、そっと撫でた。
……ん?
オレは、なんかこの状況を知ってる気がする。
あれ?
…………
ん?
もしかして?