第8章 As if walking slowly(黄瀬涼太)
「みわ、ちょっと寝な」
「うん、横になってるとすごく楽だよ」
「いや、そーじゃなくて」
今は顔色はそれほど悪くないみたいだけど、休めるうちに休んでおかないと。
母親という生き物は、年中無休の超絶ブラック企業なのである。
膝を折って丸くなっている身体を、ひょいと持ち上げた。
「っ、わっ! ちょ、涼太っ」
「いーから、ちゃんとつかまって」
「も、もう……大丈夫だってば……!」
そう言いながらもぎゅ、と首に腕を回すのが可愛くて。
ふわりと香るみわの匂いを吸い込んでから、その細い身体を寝室へと運び込んだ。
「本当にもう、休んだから元気だって」
「いーから、午後のお迎えはオレ行くから」
「涼太こそ、お仕事ないのなんて久しぶりなんだからゆっくりして!」
「オレは家にいるだけで癒されるからヘーキなんスよ、ほら」
きちんと整えられたベッドに横たわらせると同時に、ポケットに入れておいたスマホが振動し始めた。
「ん、ごめん、電話」
仕事か?
嫌な予感がしつつも、画面に表示されたのは見慣れた名前。
「……姉ちゃんスわ」
黄瀬家、次女である。
「もしもし?」
『涼太? お誕生日おめでとーう』
「うん、サンキュ」
そう言えば家族のトークルームでもメッセージが送られて来てたな。
家族全員が最後に集まったのはいつだったか。
『みわちゃん達は元気してる? 久しぶりに会いたいから二人とも連れて来てよ』
「あー、ちょっと今みわが体調崩してんスわ。また元気になったら顔出す」
『え? 大丈夫? 咳とか熱とか出たりしてるの?』
この情勢ならではの質問である。
咳が出てるか、熱が出てるか、とか。
世界中がこんなになってしまったのを、オレは初めて見た。