第6章 Stay Home(黄瀬涼太)
小さなピックを口に運ぶその仕草すら映画のワンシーンを切り取ったようで、目を奪われてしまう。もう彼という存在が、反則だ。
……涼太とゆっくりお酒を飲みながらお話しして、久しぶりに深い息がつけたような気がする。
何でこんなに気を張っていたんだろう。
怖かった。
ううん、今も怖い。
病気は怖い、怖いんだけど、それよりも。
大切なひとが苦しんでしまうんじゃないか、いなくなってしまうんじゃないか、それがただただ、恐ろしい。
妻として、母親として、もっと強くならなきゃいけないのに、支えられるばかりで。
「オレはこの時間に癒されてんスよね」
え……?
涼太も癒されて……くれてるの?
「家帰って来てふたりの顔を見た時とか、こうやってみわと話してる時とかさ、自分の居場所があるなーって実感するんスよね」
涼太のような人気者の口から出るのが不思議な単語ばかりで、咄嗟にお返事は出来なかったんだけれど……ううん、不思議じゃなかった。
外で見せる涼太の顔は彼のほんの一面だ。
様々なものを抱えて、消化しながら生きている彼の苦労は、凡人の私には到底分からないのだけれど、私や息子と過ごす時間が涼太を癒しているのなら、これ以上嬉しいことはない。
「いつも任せきりにしてごめんね。みわの事はちゃんと分かってるつもりだったのに」
「ううん、謝らないで。私がちょっと考えすぎちゃってただけなの」
「そーゆートコも好きなんスよ」
サラッとそう言って、ワインをひとくち。
上下する喉に、なんだかすごく……すごく……誘われているように感じてしまうのは、重度の欲求不満なんだろうか。
さっき、あれほど拒否したくせに。
分かってるんだけれど。性生活のパートナーが変わったのではないのなら、神経質にならなくてもいいって……。
琥珀色の瞳が近づいて来て……その瞳の中に吸い込まれそうなんて思っていたら、そっと柔らかい唇が重なった。
逞しい腕に抱きしめられて、大きな胸の中に包まれると……肩に力が入っていたんだって、また気づかされる。
大好きだ。
この香り。
このぬくもり。