第6章 Stay Home(黄瀬涼太)
先ほど私がうっかり眠ってしまったソファではなく、テレビの前にあるソファで乾杯をした。
普段ここで食事をすることはないから、なんだか新鮮。
ちょっと悪いことをしているような気分になるのは、息子が寝ている間に楽しもうとしてしまっているからだろうか。
ダイニングテーブルではないからと、涼太は背が低めのクリスタルガラスで出来たワイングラスを選んだ。
小気味よい音で注がれたボルドーの液体が踊ると、カットが美しいからか、グラスがキラキラ光るように見えるのがとっても素敵。
高級そうだし、涼太のお気に入りのグラスだしで、洗う時にすごく緊張するのだけれど……。
「涼太、改めて、お誕生日おめでとう」
「ん、ありがと」
グラスを合わせる仕草だけをして、口をつけた。
私にお酒の味を表現する才能は皆無なんだけれど、ふんわりとした芳醇な香りが鼻に抜けていって、いつものワインよりも重みを感じる。
味覚がきゅっと尖るような感覚だ。
「美味しい」
「うん、美味いっスね。この時は当たり年だったんだって」
「そうなんだ……」
私と涼太が出逢った年のワイン。
まるで走馬灯のように、頭の中を過去の映像が駆け巡る。
彼とこうして過ごしている事が未だ信じられなくて、時々全部夢じゃなかったのかと思う。
この感染症もそうだ。
突然世界中に広がって、あっという間に世界が変わってしまった。
まるでこれは全部悪い夢だったんじゃないかって。
そんな事を夢想したって、現実が変わる訳ではないのだけれど。
それくらい、この不安にこころがついていかなくて。
涼太の言う通りだ、無駄に疲弊してしまっている自覚は十分にある。
涼太が一緒に居てくれて良かった。
何をするでもなく、同じ空間に居てくれるだけで気持ちが落ち着く。
息子の無邪気な笑顔にも癒される。
まだ状況はいまいち理解していないけれど、だからこそ純粋な気持ちに救われるんだ。