第6章 Stay Home(黄瀬涼太)
温度まで感じるような香ばしい匂いが鼻腔を掠める。
誘われるように目を開けると、目の前には……見慣れた自宅の天井だ。少し薄暗い。
天井?
薄暗い?
瞬時に脳みそをフル回転させて、現状が分かる情報を収集していく。
香りは、キッチンの方角から。
窓の外に見える空は、群青。
このふたつの情報だけで、容易に解が導き出された。
「あ、おはよ。ちょっとは寝れたっスか」
「またやってしまいました」
キッチンに立つ涼太に声を掛けると、涼太はとろけるような笑顔を向けてくれた。
涼太と結婚する前から、こういう事は時々あった。
……ううん、回数にしたら結構あった。
彼と同じ空間にいるとなんだか安心してしまって、眠気が来てしまうのだ。
その度に猛省するくせに、何度も何度もこうしてやらかしてしまうのだから目も当てられない。
「まだ起きて来ない?」
「うん、爆睡っスわ」
息子はまだお昼寝から目覚めないらしい。
そして、ちらりとダイニングテーブルに視線を移しても、ノートパソコンは見当たらない。
「……みんなとのお話、終わったの?」
「うん、30分くらいで終わったっスよ」
という事は、私が挨拶をしてその場を離れてから間も無く通話が終了したということだ。
当初の予定通りに解散したというのが、赤司さんらしい。
楽しめたかな。
涼太はご機嫌で、鼻歌混じりでキッチンに立っている。
「折角のお誕生日祝いだったのに、ゆっくりお話出来なかったよね」
「ん? いや、誕生祝いってメンツじゃないっスわ」
涼太はからから笑って、こちらへ向かって来た。
大きな手が持っているのは……料理が乗ったトレイ。
申し訳ないを大幅に通り越して、もう床にめり込むほど土下座をしたい。
今日は、誕生日なんだ。
涼太の。
私のではなく、涼太の。
お祝いされる側の涼太に準備をさせるという……もう、さっきからごめんしか言ってない気がする。
でもごめんで済まされる失態じゃなくて。
「みわが作ってくれたスープ、頂くっスわ」
嬉しそうに座る涼太に、それ以上何も言うことが出来なかった。