第3章 Sweets in the rain(紫原敦)
「マスター……昨日から本当に、ありがとうございました。マスターから頂いたお言葉、忘れません」
結局、ホットチョコレートにホットカフェラテと、2杯もご馳走になってしまった。
お金をお支払いしようとしても、もうレジは締めてしまいましてとやんわり断られてしまって。
感謝の気持ちをひたすらに込めて、お辞儀をした。
振り返れば、もう過去だ。
もう、ここに来るのもやめよう。
昨日の出逢いと想い出を大切にこころにしまって、一歩……
踏み……
出して……
「……なんでここにいんの~?」
上り始めた朝日のせいで、逆光だ。
真っ黒で、誰だか分からない。
分からないのに、そのシルエットと声だけで、もう判別出来てしまう。
「なんで、って……こっちの、セリフ」
どうして、紫原さんがここにいるの?
お店は閉店したばかりだ、出勤したというわけではないだろう。
万が一でも鉢合わせしないようにと、この時間に来たんだから。
予想以上に、気まずい。
振り返ると、マスターはもう店内に入ってしまった後のようだ。
「みわちん」
このまま、軽く挨拶をして帰ろう。
昨日の事は、きっと事故くらいにしか思ってない筈。
表情が見えないのは好都合だ。
会釈をして、去ろうとしたその腕を……大きな手に、掴まれた。
「っ……」
「待てって、言ってんの」
少し、怒ったような声も好きだ……なんて、場違いなことばかり考えて。
「大丈夫……誰にも言ったりしないよ。昨日は、酔っ払いに付き添ってくれてありがとう」
何にもなかった。
私たちの間には、何も。
「なんで、なんにもなかった事にしようとしてるわけ~?」
「なんで、って……」
自分が傷つきたくないだけだ。
もう、誰かを愛するのも信じるのも怖い。
「だって、居なくなったのは、紫原さん、でしょ?」
口の中がカラカラだ。
目が覚めた時に感じた寂しさが、また噴出する。
あれが、事実。
「……は~? お菓子買いに出ただけなのに、チェックアウトしてっちゃったのはそっちっしょ~?」
「……え?」