第3章 Sweets in the rain(紫原敦)
「特別な印象は抱きませんでした。仲の良いカップルだなというのと、彼女さんはとっても優しい方だなと」
「はっ、いえ、そんな」
最初にお店に行った時?
もう覚えてない。確か元彼が、同僚かなんかに聞いてオススメなんだって連れて行って貰ったんじゃなかったかな。
「あなたは、紫原の作ったお菓子を食べて、本当に嬉しそうに微笑みました」
お菓子、食べた食べた。
びっくりするほど、美味しかったなあ。
……今、マスターはなんて?
紫原の作った、って言った?
「こんなに幸せな気持ちになるスイーツに出逢った事がない、そう言って次から次へと彼の作ったお菓子を口に運ぶ様は、作り手冥利に尽きるといいましょうか」
と、いうことは、ランコントルのスイーツも、昨日のスイーツも、紫原さんが作った……?
「そんなあなたの笑顔を見た紫原の顔つきが変わりました。自分の作ったものがひとりの女性を幸せな気持ちに出来る、その事実が確かな自信となった瞬間だったんです」
紫原さんは、私の事を知っていた……?
「それから紫原は、スイーツのメニュー作りにも積極的に提案をするようになりました。元々熱血なタイプではないのに、その熱の入りようには、当時の店長も驚いていたほどです」
確かに、どっちかというと"メンドくさー"とか言いそうなタイプだもん。
話を聞いてすら、その姿を想像出来ない。
「深くは考えていませんでした。でも、その理由が分かる日が来たのです」
気が付けば、マスターは掃除の手を止めている。
私も、顔を向けてじっくりと聞き入っている。
建前なんてもう、どうでもいいの。紫原さんのこと、なんでもいいから知りたい。素直にそう、思うから。
「……もう、時効でしょうか、酔っ払いの戯言と思って聞き流してください」
マスターは、空になった私のマグカップを回収し、今度はホットカフェラテを淹れてくれた。
広がるコーヒーアロマに、緊張した気持ちが少し和らぐ。
「ある日、みわさんの交際相手が、ランコントルにいらっしゃいました。みわさんではない女性を連れて」