第3章 Sweets in the rain(紫原敦)
「すみません、本当に何から何まですみません」
カウンターに置かれたホットチョコレートに口を付ける前に、深々と頭を下げた。
「何も謝る必要なんてありませんよ。お酒も料理もお口に合ったようで何よりです。無事にホテルに辿り着けるか心配しておりました。紫原からも連絡がなかったので」
その名前に、心臓が口から飛び出すかと思った。
マスターにお願いされて、ついてきてくれたのかな。
責任感の強いタイプなんだ、敦……なんてもう、呼んだら失礼だな。紫原さん。
「あの、こちらの店員さんですよね、紫原さん。昨日、ご迷惑をお掛けしてしまって、彼にもお詫びを……」
そこまで言って、言葉を詰まらせてしまった。
色々な感情が押し寄せてきて、言葉にならない。
「……紫原とは、昨晩の内に別れましたか?」
もういいトシした大人なんだから、上手く躱さないと……そう思ったのに、勝手に顔に熱が集まっていく。
「……下世話な質問で恐縮ですが、朝まで?」
顔を上げられない。
それが肯定を意味する事は、問いを投げかけたマスターが一番よく分かっているだろう。
「……そうですか、やはりアメジストの御加護でしょうかね」
「……へ?」
アメジストの、御加護?
マスターの言っている意味が、全く分からない。
どういう意味?
「申し訳ありません、みわさん。私は少し店の片づけをさせて頂こうと思います」
「あっ、勿論です! むしろお邪魔してしまって申し訳ありません!」
「働きづめで疲れているので、少し独り言が多くなってしまうかもしれませんが、お許しくださいね」
「? ……はい……」
このマスターがこんな風に言うなんて、相当疲れているんだろう。
飲んだらすぐに帰ろう。ここに居たら邪魔になるだけだ。
「……紫原は、素直じゃなくて憎まれ口ばかり叩いて面倒臭がりなんですが、一途な奴なんですよねえ」
まさかの話題に、耳を澄ませてしまう。
独り言、って言うくらいだから、返事はしない方がいいんだろうか。
「紫原と出逢ったのは、神楽坂にあるランコントルという店でした」
「……え?」
神楽坂のランコントル。
私が、元彼とよく通った、行きつけのお店だ。