第3章 Sweets in the rain(紫原敦)
いやいやいや、冷静に考えなよ、行為の途中に、一度でも愛の言葉を囁かれた?
シンデレラになれるのは、若くて綺麗なうちだけだよ。
私になれるとしたら、せいぜいカボチャくらいなはず。
魔法をかけて貰えただけ、ありがたいと思わなきゃ。
紫原敦……彼は、優しいひとだったんだ。
ただ、それだけ。
あぁ、なんだかスッキリした。
「明日からまた、仕事頑張ろ」
そう言い聞かせるように呟いて、軽くシャワーを浴びた後、始発の時間より早く、ホテルを出た。
「……さむ」
ホテルを出て5分、早くも後悔が包む。
チェックアウトまでゆっくり寝ていれば良かった。
彼の気配が残っているのがなんだか辛くて、逃げるように去ってしまったけれど……今となっては、もう少し味わっておけば良かった、なんて思って。
何言ってんだろ、1回寝ただけで惚れちゃうとか、女子高生じゃないんだから……。
しっかりしなきゃ。
夢を見てただけだ。
あまりに弱ってたから、皆が優しくしてくれただけだ。
広い世の中、またきっと素敵なひとに出逢えるって。
ほら、あのお店でスイーツを作ってくれたひとみたいに。
結局お会いする事は出来なかったけど、どんなパティシエさんだったんだろう。
そこまで思いを巡らせて、足を駅とは逆の方向に向けた。
「おはようございます。御無事で何よりです」
「あっ……おはようございます」
昨日のお店の前に差し掛かると、ちょうど店からマスターが出て来た。
そう、私はまた来てしまったのだ。昨日のお詫びがしたくて。
「昨日はご迷惑をお掛けしました……あの、お詫びに伺いました」
マスターはどうやらゴミ捨てに行くらしく、両手に大きなゴミ袋を持っている。
よく考えたら、こんな朝早くに来るなんて、バカ丸出しだ。
営業時間だって知らなかったし、無駄足になるかもしれなかったのに。
それでも、止める事が出来なかったのは、何故なんだろう。
「寒いですね、中で休んで行かれませんか?」
「えっ、でももうお店は閉店ですよね」
「少しだけ、温かい物でも飲んで行かれて下さい」
迷惑そうな様子をちらりとも見せる事の無い完璧なマスターのお言葉に甘えて、店内へと足を踏み入れた。