第3章 Sweets in the rain(紫原敦)
「ねえ、あなたの名前を聞かせて」
半裸で問うようなものじゃない。
そして、こんなタイミングで聞くような事でもない。
でも、紫の彼は訝しい表情を浮かべるでもなく、すんなりと答えてくれた。
「……紫原、敦」
「あつし……どういう字?」
あつしは、どう説明しようかと考えあぐねている様子で……無言のまま、私の手を取った。
手のひらを、節くれ立った指がなぞる。
触れるか触れないかのタッチに、思わず身体は反応する。
指は、【敦】という字を書いた。
「敦……」
「覚えた~? みわ」
え?
「どうして、私の名前……」
「さぁね~」
きっと、酔っ払って昨日、勝手に明かしたんだろう。
一方的に自己紹介をして、相手の名前を覚えていないとか失礼すぎる。
それにしても……
「むらさきばら、って素敵な名前だね。最初に見た時、妖精さんかと思ったもん」
「妖精ってナニソレ~? ちゃんと人間だし」
「でも、薔薇って感じはあんまりしないかな。どちらかと言うと、スイートピーって感じ」
「……いや、紫原のばらは薔薇じゃねーし! roseじゃねーし!」
「えっ」
「紫薔薇って……それじゃあ駅のラクガキだし~」
「ごめんなさい……なんか勝手に変換されちゃってた」
「そんな事言われたの、みわちんがハジメテなんだけど~?」
みわちん?
急にそんな親し気に!?
私も、呼び方を考えた方がいいのかな。
紫原くん? 敦くん?
「……あつちん?」
「ちょ、やめてよね~なんか卑猥な呼び方」
「卑猥っ!?」
卑猥って、どの辺りが? ちん?
だって、そっちがそう呼んだから……。
「みわちんって案外天然系~?」
「そんな事ないんだけどなぁ……」
こつん、額と額がぶつかる。
目が合って、二人で吹き出した。
紫原くんは、すごく幸せそうに微笑んでて。
恋人でもないのに凄く恋人みたいだ。
彼氏とこんな風に笑い合った事、最近あったっけ。