第3章 Sweets in the rain(紫原敦)
なんて綺麗な瞳なんだろう。
思っていたよりも、ずっとずっと深い色。
吸い込まれてしまいそうな、無条件に惹きつけられる濃紫。
その色に、今起こっている事を忘れかける。
角度を変えられたと思ったら、長い前髪が眉間を撫でて、鼻頭が擦れ合って……そう、私は今、彼とキスをして、いるのである。
何?
なんで?
何が起こってるの?
そして、どうして私は抵抗しないの?
だって……唇が、優しすぎて。
額の形を確かめるように撫でながら、耳にそっと触れる手が、まるでひび割れたガラスに触れるようで。
この歳になるまで、それなりに男性とはお付き合いしてきたけれど……こんなキス、された事がない。
「ん……」
何これ。
やばいって。
どつき倒して逃げなきゃいけない場面だって。
こんな密室で、男女ふたりきりって本当に何が起こっても文句言えないってば。
というかこの事態を招いたのが100%自分のせいなんだ。
彼は心配してついてきてくれただけ。
あわよくば、こんな展開になるかもしれないと下心を抱いてついてきただけだろう。
……ううん、それは違うかも。
だって、ヤリたいだけなら、昨日泥酔した私を好きなだけ犯して、眠っている間に帰って仕舞えばいいだけの話だもの。
彼は違う。
自分の中の自分が、それは違うと強く主張する。
じゃあ、なんでだろう。
気が合って、なんていう展開だったとも思えない。
恐らくベロベロに酔っ払った私の、寝言みたいな戯言に付き合ってくれただけだろう。
ああ……なんて気持ちが良いキス。
なんでだろう、なんてどうでも良くなってしまいそうな、甘い甘いくちづけ。
少し、指先が震えてる。
いきなりこんな事、しておいて。
子どもみたいに怯えないでよ。
なんなの、そのアンバランスさ。
その巨体で、なんでこんなに優しく触れられるの。