第3章 Sweets in the rain(紫原敦)
「ますたー、おかわりっ!」
あぁ、美味しい。
カクテルも目の前のスイーツも、口直しにと出して貰ったチーズもオリーブも。
もう、今日は嫌な事忘れて飲んじゃおう!
「お客様、今日はもう遅いですし」
「んー、まだぜんぜん! だいじょうぶです!」
「もう、終電もなくなってしまいますよ」
「駅前のホテルでも取るんでだいじょうぶです!」
なんにも考えてなくても、ポンポンと言葉が飛び出してくる。
酔ってるなぁ、私。
あぁ、楽しい。
博識なマスターもお喋りの相手をしてくれるし、料理もお酒も美味しいし。
ここ、行きつけのお店にしちゃおうかな。
……あ、でも……
ここは、彼の新しい彼女の家が近いんだった。
また、鉢合わせたら嫌だから……残念だけど、もう来ないかな。
来るならタクシーで入口まで乗り付けるとか? そんな贅沢出来る余裕はないかなぁ。
ぱくり、口に運んだケーキのサワークリームが、優しくココロに沁みる。
もう二度と来れないんだから、ゆっくり味わわなきゃ……そう思ったら、なぜかすごい楽しい気持ちの裏側から、大津波のような悲しみが押し寄せてきた。
この先の楽しみまで奪われてしまうなんて、酷いじゃない。
何がいけなかったんだろう。
私の、何が。
「……う、っ」
だめだよ、だめ。
泣くのはおうちに帰ってから。
そう、思うのに。
「……ひ、っ、く」
涙が止まらないのは、アルコールの所為だ。
酔っぱらってるから。
マスターだって、泣き上戸かなって感じで流してくれる筈。
酔っ払いの戯言だ。
「どうぞ」
マスターがそっと差し出してくれたのは、小ぶりなシュークリームだった。
ふわり、口の中で溶けていくクリームが、何もかも赦してくれるみたいで。
「……何が、いけなかったんだろ……別れたい、なんて、いつから思ってたんだろ……」
「恋人同士に起こる事で、片方だけが悪いなんてこと、ありませんよ」
喧嘩したなんて嘘をついたのに、それを責める事なく、マスターはカクテル・グラスを拭きながら囁くようにそう言った。