第3章 Sweets in the rain(紫原敦)
「……なんか、懐かしい味」
めんたい味と書かれたお菓子……そうそう、まいう棒。
無邪気に毎日遊んでいた子供時代が懐かしいな……戻りたい。
何にも考えないで済んでいた頃に、戻りたい。
「……は~、やっと止んだし……メンドくさ~」
その言葉で、うるさいまでの雨音が止んでいる事に初めて気が付いた。
ああ、やっと帰れる。
帰ろ。
あっついお風呂に入ろ。
彼は足元に置いてあったらしいビニール袋を持ち上げて、立ち上がった……んだけど。
「でかっ!」
つい条件反射で出てしまった。
立ち上がった彼のあまりの大きさにビックリしてしまったのだ。
身長が高いとかそういうレベルじゃない。
今までの人生の中で出会ったひとたちの中で間違いなくナンバーワンだ。
もしかして、ハーフとか?
いやいや、日本語が達者な外国人?
だって、私の職場にいる男子と言ったら、ひょろりと細いかずんぐりむっくりしてるかのどちらかだもん。
彼はきっと言われ慣れてるんだろう……特になんの反応も示さず、休憩コーナーから出て行こうとしている。
なんか……どこかで会った気がするんだけど、全く思い出せないから気のせいかな。
一昔前のナンパみたいだから、聞くのはやめておこう。
さ、かえろ。
どこかのお店にでも、寄っていこうかな。
なんか、ひとりになりたいようななりたくないような、不思議な気分だ。
なんだかんだ、さっきの彼には感謝してる。
ひとりきりじゃなくて、良かった。
友達と楽しくお喋り出来るような精神状態じゃないけど、家での孤独に耐えられないかもしれない。
こぢんまりとしたバーみたいな店がいいかも。
最近は行きつけの店っていうのもないし、新規開拓、してみよっかな。
前を向きそうになっている気持ちとは裏腹に、足が重い。
雨を吸ってしまったからだろうか、なかなか立ち上がろうという気力が湧かない。
感じられるのは、口の中のめんたい味だけだ。
「うちの店、来れば~?」
もうとっくに去ってしまったと思っていたのに、突然後ろからかけられた声に飛び上がらんばかりに驚いた。
店、って言った?
彼はどこかのお店の店員さんなんだろうか?