第3章 Sweets in the rain(紫原敦)
「あっ」
屋根の下に入り、改めてその姿を見ると……座っていたのは、生身の人間だった。
……いや、当たり前だろ。
大丈夫か、私。
妖精どころか、ベンチに座っているのは男性だった。
髪をしっとりと濡らし、俯いている……寝て、いるんだろうか?
何より特筆すべきはその頭髪の色。
きれいな、紫。
何故だかこのひとが気になって仕方ない……まるで一輪の花に吸い寄せられた蜂のよう。
ううん、蜂みたいに花の、ひいては生態系の役に立つ事は出来ないから、もっと違う虫かなとか、自虐ネタに走る。
いやいや、そんな呑気な事言ってる場合?
彼は、まだ顔を上げるような事をしない。
気づいて、ないのかな。
そこまで考えて、ある可能性に気がついた。
もしかしたら気分が悪くて休んでいるのかも。
こんなに雨が降って来ちゃったから、慌てて屋根のある所に避難したとか……
声、かけた方がいいかな。
「……あの」
おずおずと話しかけると、彼は弾かれたかのように顔を上げた。
そして、彼の瞳が驚きで見開かれていくのを見て、直感した。
やばい。
絶対これ、余計な事したわ。
「すみません、具合悪いのかなって思っただけなんで!」
自分の軽率な行動に後悔しつつ、早くこの場から去ってしまおうと振り向いて……目の前は雨のシャワーだということを思い出した。
「……アンタ、なんでここにいんの?」
「なんで、って……」
……私、なんでここにいるんだろ?
最早、少し前の事すら思い出せなかった。
いよいよ脳細胞が死滅し始めてしまったのか。
「えーっと……気分転換? かな……」
「……変なオンナ〜」
少し気怠げな声でのその鋭いツッコミに、胸を抉られた。
そりゃ、さっきから変な事ばっかりしている女に間違いない。