第11章 thank you for everything(黄瀬涼太)
「お腹に優しいものにしよっか」
ガラッと冷凍庫を開けたのを見て、慌てて止めに入った。
「いや、ホントに全然大丈夫なんだって。腹減ってるし! 用意してくれてたものいただくっス」
このコンソメの良い香りは、みわお手製のオニオングラタンスープ。
肉が焼けた香ばしい匂いも漂っている。
帰る時間に合わせて作ってくれたんだろう。
「消化にいいものの方が良くないかな」
みわがオレを見る目が、完全に病人に向けたそれである。
「待って。たまになるからみわも知ってるっしょ、ホントのホントのマジで元気なんだって! 食ったら寝かせようとしてるでしょ!」
「うん、分かるけど……疲れてるんだから寝た方がいいかなって……」
「夫婦でイチャイチャするの楽しみにしてたんスから、寝てる場合じゃないんだって」
「い、イチャイチャって!」
「たまには二人でお風呂入ろっか」
「え!」
パッと向こうを向いたみわの耳が真っ赤なのが分かる。
神様、可愛い妻を食べてもいいですか。
マジで熱出してるヒマなんてオレには一秒もありません。
配膳の手伝いは断固拒否され、大人しくダイニングで座って待っていると、窓の外からしとしとと水音が聞こえ始めた。
「あー……降って来ちゃったっスね」
「今夜本降りになるみたいだね」
「オレ、雨は好きじゃなかったんスけどね……」
みわと出逢ってから、雨が嫌いじゃなくなった。
雨の中に、沢山の想い出が出来たから。
『自分』が絶対だったオレの中に、ある日突然するりと入り込んできた彼女の存在が、人生まで変えた。
目の前の笑顔を生涯守っていきたいなんて、そんな風に考える未来の存在を、中学時代の自分が聞いたら信じたかな。