第3章 ひやっこい薄膜。
次の日の放課後。
私は五人とは別行動で、おふねひきに必要になる資料を探しに、先生と図書室に来ていた。
おふねひきに使うのは、何もおじょし様の人形だけじゃない。
おじょし様と一緒に船に乗せる供物や装飾なんかも考えないといけないのだ。
この辺りの地域、鷲大師(オシオオシ)のことは私も詳しくはない。
だから過去の新聞や地域資料なんかを漁っているところだ。
そこでふと思い立ったのが、先生はおふねひきをする為の船に、どこか宛はあるんだろうかということ。
でも、船の準備も出来ないのに、おふねひきをしようなんて考えるだろうか。
そんな、先生本人にも聞きづらいようなことを考えている時だった。
「ぁ、あの、さ!」
転入初日に見渡した教室の中に居たであろう男子に声をかけられたのは。
名前なんて知らない、汐鹿生の人間のことをどう思っているかもわからない誰かになんて、構っている暇はないと思った。
だから、いつもよりも数段低い声が出てしまったのかもしれない。
『……私に、何か用ですか?』
それを聞き取ったのか、聞き取れなかったのか。
少し明るい色の髪をしたその男子は、気まずそうな顔をして本棚へと目を逸らした。
「えっと、その、リボン……いつからしてるのかなって」
好意的とは行かないまでも、攻撃的ではないその口調と、唐突過ぎる質問に思わず呆気に取られてしまう。
そして、そのどうでもいい質問の答えを口に出そうとして初めて、答えられないことに気付かされた。
わからないのだ。
あの人からもらったものなのか、誰からもらったものなのかも。
昔からただ、この赤色のリボンだけはどうしても捨てられなくて。
二つ結びにしていた蓬色の髪を、一纏めの三つ編みにした時から、二本のリボンを代わる代わる使うようにしている。
『……たぶん、小学校に上がる前から』
「へっ、ぁ、そう……なんだ」
何故そんなことを聞きたがるのか見当もつかなくて、首を傾げていると、彼はさらに続けた。
「誰かにもらった、とか?」
確信があるような、そんな聞き方だったかもしれない。
『……わからない。覚えてないの』
それを聞いた彼は「そっか」と、それだけを呟いて図書室から出て行った。
その背中は、何故だか私の目に寂しげに映って見えた。
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