第3章 ひやっこい薄膜。
光の言葉に泣き出しそうになるのを隠すように、ちさきは海へと飛び込んで行き、それを見送った光もどこか傷付いた表情をしている。
あれが光の本心から出た言葉だとしても、言い過ぎてしまったと言う自覚もあるのかもしれない。
「今のはダメだね。八つ当たり」
だからその言葉に少し、苛立ちを感じてしまったのだと思う。
塀の傍まで歩いていき、手近な標識に手をかけて塀の上に登った要は、ちらりと私達を振り返って続けた。
「まなかについては、さすがにイラッとくるのはわかるけどさ……」
『要でも、そんな風に思うんだね』
その瞳をじっと見つめて言うと、「まぁ、そりゃあ、ね」と、少し歯切れの悪い感じで言葉が返って来る。
その苛立ちはどこから来て、誰のために思うものなんだろう。
それは光の思う苛立ちと、同じところから来るものなんだろうか。
「じゃあね」
そう言って二人の……ちさきのあとを追って、要は海へと潜って行った。
その場に取り残されたのは、私と光だけ。
「なんだよあいつらっ……わかるわかるって連発しやがって」
悔しげで苦しげな、光の感情の根っこにある部分は何となくわかる。
だけど、その人の気持ちを細部までわかり得ることなんて、そうそうない。
『……自分でも自分の気持ち、よくわからないのにね』
上手く伝わるかなんて考えてもいない呟きは、ちゃんと光に届いたらしい。
久しぶりに私の目を見た光の表情は驚きに染まっていた。
「なんで……、お前、エスパーかよ」
『それはどうかな。……ただ、まなかですらまなかの気持ち、わからないままなのに、周りが決めつけちゃうのどうかなって』
今まで五人で完結していた世界が、思わぬ形で広がってしまった結果が今だ。
誰も予想していなかった変化に一番戸惑って居るのは、もしかすると光なのかもしれない。
まなかは、戸惑いながらも受け入れようとしている。
『もちろん、光の気持ちもね。要なんかにわかってたまるか、って思ったりもするよ』
ちょっとの贔屓は要もしていることだから、きっと許されるだろう。
好きの感情があるだけで、その人の言葉を受け止めた時の感じ方も違ってくる。
恋とは、それだけ厄介なものなのだ。
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