第3章 ひやっこい薄膜。
まだ少し耳に馴染まない、終礼を報せるチャイムが鳴る。
「はーい、今日の授業はおしまいねぇ」
こちらもまだ聞き慣れない、間延びした感じで告げる先生の声。
視界の隅で、名前も知らない男子が腕を上げて大きく伸びをしているのが見えた。
その間にも、目の前のノートや教科書を閉じて、使っていたシャープペンを筆箱の中にしまっていく。
「ぁ、そうだ。この中でおじょし様作ってみたい人っている〜?」
そんなふわっとした先生からの質問の中に、聞き覚えのある単語が入っていることに気付いて、視線を黒板の方へと向けた。
「おじょし様って?」
「おふねひきで乗せる人形のことですか?」
おじょし様自体知らない人が居るなんて、海村では考えられないけれど地上では違うのだろう。
「そうそう。もともとのおふねひきは〜、生贄の女性を乗せて、海の神様に捧げたのが始まりだけど〜」
小さな頃から聞かされて来た話。そこから今に残った風習が、おふねひきだ。
「今は本物の女性の代わりに、おじょし様と呼ばれる木彫りの人形を乗せるんだ」
「どうしてうちらがおじょし様をー?」
最初にあがったのはそんな声だった。
「そーゆーの大人がやるんじゃないのー?」
先生の話に興味もありません、みたいな。少しの不満が垣間見える。
「ぁ、今年はおふねひきやらないらしいよ」
誰が言ったかわからない呟きを拾った私は思わず「えっ」と声を上げていた。
席の近い紡や要には聞こえていたらしく、ちらりとこちらを伺う様な視線が向けられた。
「う〜ん、そうなんだよねぇ……。だからぁ、有志って言うか、うちの学校でおふねひきみたいなことやろうかなぁって」
先生の提案にクラス中から非難の声が上がる。
「何それ、めんどくさ〜〜」
私はそれらから逃げるように、何も乗っていない自分の机の表面を見ていた。
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