• テキストサイズ

煌めく碧の御伽噺【凪のあすから】

第3章 ひやっこい薄膜。





声をかけられた紡が本から視線を上げているのが、背後からでもわかる。

「き、昨日は、ありがとうございました!」

ぺこりと頭を下げ、紡を見つめるまなかの頬はほんのりと色付いていた。

この教室の中でこの二人のやり取りに聞き入っているのなんて、私くらいしか居ないだろう。

「体調は?」

「ぁ、はい!すこぶる元気ですっ!」

紡の抑揚のない声とは反対に、まなかは両手で握り拳を作って応える。

「彼は?」

「彼……?」

その唐突な一言だけの疑問符に、私もまなかのように首を傾げていたが、少しして昨日のことを思い出した。

紡がパンくずを食べさせようとしていた、ぎょめんそうのことを。

それにまなかも思い至ったのか、「あぁ!」と声を上げながら半歩後ろに飛び退いて慌てだす。

「えっ、えぇっと!」

何か考え込むような顔をして、少しの間両手の人差し指を立てて天井に向けていたまなかは、突然両手で口元を覆い隠して言った。

「ゲ、ゲンキダヨッ」

きっと、まなかが必死に考えたなりの、自分の膝にはもういない❝彼❞の真似だろう。

ちらりと紡の顔色を窺うように見ていたまなかだったが、両手を下ろして恥ずかしそうに目をきょろきょろさせる。

そんなまなかの後ろからずんずんと近付いて来たのは、いつから話を聞いていたかもわからない光だった。

不機嫌の色を隠しもしないで、光はまなかと紡の間に割って入る。

「昨日はまなかがお世話になりました」

心にも思っていないような台詞を口早に言い切る光は、紡の机に乱暴に手を突いて続けた。

「今のうちに言っとく」

「地上のやつらが海の村に関わるな」

紡に詰め寄り、そう言い放った光は私の机の横を通り過ぎて、教室後ろの扉から出て行く。

そのあとを追うようにして、困ったような顔をしたまなかが紡にぺこりと頭を下げ、同じように出て行くのを見ていた。



(海の村に関わるな、か……)

先に線を引いて、逃げてしまえば楽なんだろうか。

どうすることが正解で不正解かも、大人でさえ知らないような、そんな気がする。

だけど私達は、ここでのこれからを考えて行かなくちゃいけないんだ。



/ 67ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp