第2章 海と大地のまんなかに。
そんな彼を見ていたまなかが慌てて足を自分の方へ引き寄せ、両手を前に突き出した。
「やだっ!!やめてっ、育てないでお願いぃっ!!」
涙目のまなかが半ば叫ぶようにそう言うと、彼はパンを持っていた手を引っ込めて、まなかへと視線を向ける。
「綺麗だって、思ったから」
突然言い放たれたその言葉に、私も、そしてまなかも、唖然としてしまう。
「へっ……?」
彼と視線を合わせたまなかは、その頬をさらに赤く染めた。
男の子からそんなことを言われたら、女の子なら誰だってああなるだろう。
「この魚、見たことない鱗してる」
そんなまなかの心情なんて微塵もわかっていない彼は、まなかの膝に視線を移して言った。
「……さかな…」
期待外れのその言葉に項垂れたまなかは、背にあった浴槽の淵に凭れて天を仰いだ。
すると男の子は何を思ったか、まなかの頬に手を伸ばして、そっと触れた。
それに驚いたまなかがびくりと身体を跳ねさせて、閉じていた瞳を開ける。
(私は一体、何を見せられているんだろう……)
そんなことをぼんやりと考えていた時だった。
「あんたも…」
彼が呟いた言葉が、まなかのことも、綺麗だと言っているのだとわかったのは。
「胞衣って本当にあるんだな」
そう言葉を続けていく彼の手は、もうまなかに触れてはいないのに。
まなかの顔はじわじわと赤みを増していく。
「これがあるから海で生きて行けるんだな」
それを知ってか知らずか、彼はまなかの心に、さらりととどめを刺して行くのだ。
「きらきらして、綺麗だ」
真剣な顔で、声で、そんなことを言われて勘違いするなと言う方が酷だ。
彼の言葉の数々に耐えられなくなったまなかが、窮屈な浴槽の中に逃げ込んだのはそれからすぐの事だった。
どぷん、と音を立てて水に潜ってしまったまなかを見て、彼の視線が私に向けられる。
「どうしたんだ?」
あなたの台詞に恥ずかしさが込み上げて逃げました、だなんて言えない。
『……えっと、まだ胞衣が、治りきってないとか?』
私が苦し紛れにそんなことを言うと、
「塩、増やすか?」
彼は水の中に居るまなかにそう問いかけた。
「ぅ、うん!」
水に篭った声って外からだとこんな風に聞こえるんだな、なんて考えながら、そっと息を吐いた。
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