第2章 海と大地のまんなかに。
ゆっくりとこちらに歩いて来て浴槽の傍にしゃがみ込んだ彼は、私と視線を合わせて話し始めた。
「身体、もう平気か?」
彼の表情はぴくりとも動かないけれど、心配してくれていることだけは伝わって来る。
私は自分の腕に視線を落とし、肌の表面にあったひび割れが消えているのを確認して、また彼と目を合わせて笑った。
『うん。胞衣も元に戻ってるし、大丈夫だよ』
すると彼の雰囲気がどことなく柔らかくなったような気がした。
朝の出来事と言い、倒れている所を助けられたことと言い、私達と彼には何か不思議な縁があるらしい。
きっと今、私達が居るのは彼の家なのだろう。
『えっと……君が、私達を助けてくれたんだよね?』
たぶん、と言うか八割方そうだと思うけれど、念のため確認すると彼は私の言葉に小さく頷いた。
「二人同時には運べなかったから、爺さんにも手伝ってもらった」
そう聞いて、朝船の上で会ったお爺さんの姿が頭の中に思い浮かんだ。
『えっ⁉……それは』
色黒で健康そうに見えたが、かなりご高齢のようにも思えたその人も、彼と一緒に私達を運んでくれていただなんて……。
なんだかさらに申し訳ない。
「途中からはリヤカーで運んだし、気にしなくていい」
そんな思いが顔に出ていたのか、彼は透かさずそう言ってくれる。
彼の言葉を否定するのもおかしい気がして、私は曖昧に頷いた。
そのどちらも言葉を発しなくなった、そんな絶妙なタイミング。
茜色の射し込む浴室の中で、まなかを悩ませているあの鳴き声が狙ったかのように響いた。
そして、なんのものかもわからない鳴き声を聞いた男の子の目が見開かれた。
その上ぎょめんそうが苦しそうに鳴き続けるものだから、声は浴槽の中から発せられているのだと彼も気付いただろう。
そうなってしまえば、好奇心に勝てない人間は水の中を覗き込んでしまう訳で……。
そして案の定彼は、まなかの膝に巻かれた水色のタオルがもごもごと蠢いているのを見てしまったのだった。
そこからの彼の行動は早かった。
私の止める暇もなく水の中に手を差し入れ、まなかの膝からタオルを取り去ってしまったのだから。
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