第2章 海と大地のまんなかに。
自分に与えられた畳張りの部屋の入口で鞄を下ろす。
そしてささっと制服を脱いで壁掛けのハンガーにかかっている巫女服を手に取る。
水色の袴のなかなかおしゃれなそれは、うろこ様の趣味なのかなんなのか知らないけれど結構気に入っている。
最初は着方もろくにわからなかったけれど、今は着るのも手馴れたものだ。
「うろこ様ー、まなかー」
袴の帯を締めていると、部屋の外から聞き慣れた声が聞こえて来た。
「よぅ来たな、向井戸の」
きっと光とまなかだろうと思いつつ、緩い三つ編みにしていた髪をひとつに縛ったら準備は終わりだ。
制服なんかを片手に持ち、部屋の引き戸に手をかけたその時、まなかのものであろう悲鳴が目の前の部屋から聞こえて来た。
何事かと思って勢いよく戸を開けると、
「なんっつぅことするんじゃ!! 呪うぞっ!!!!」
何故か煮物まみれになったうろこ様と、唖然としている光だけがその場に居た。
『ちょっとうろこ様!まなかに何したんですか!!』
皿に残った煮物を手で摘んで口に運んでいるうろこ様にそう聞くと、
「なに……ちと匂いを嗅がせてもらっただけよ」
自分が変態極まりない行動を取ったと言う事実を、平然と言ってのけた。
『そう言うの変態って言うんですよ…』
呆れ返った私はそれだけを言い残して、とりあえず手に持ったものを奥の部屋にある洗濯機に放り込みに行く。
その帰りに小さめのポリ袋と濡らした雑巾を持ってうろこ様の元に戻ると、既に光の姿はなかった。
『うろこ様、そこ拭くんでどいて下さい』
床に散らばった煮物を拾いながら言うと、もっちゃもっちゃと動かしていた口を止めるうろこ様。
「向井戸のも、ついに男を知ったようじゃの」
そんな一見訳のわからない発言の意味も、私には何となく理解出来た。
きっと、あのことを言ってるんだ。
『そう、みたいですね…』
右手に持っていた雑巾をぎゅっと握り締め、床に膝をついて雑巾で汚れた所を拭う。
「なんじゃ、嬉しくなさそうじゃの」
やっと場所をずらして座り直したうろこ様がそんなことを言う。
なんで私が、まなかとあの人の出会いを喜ばなければいけないんだろう。
「これで、光は向井戸を諦めるかもしれん」
ああ、そう言う考え方も出来るのかとぼんやりと思いながら、私はただ手を動かしていた。
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