第2章 海と大地のまんなかに。
着慣れた体操服に袖を通してチャックを上げると、カーテン越しに先生の大きな声が聞こえてきた。
今日の体育は男子がグラウンドで、女子が体育館。
ほんの数日前まで限られたことしか出来なかったはずの体育の授業。
男女別々で授業を受けるだなんて、それこそ考えたこともなかった。
「ジャージだったらそんなに悪目立ちしないから、……ね?」
声のした方に視線を移すと、制服のままのちさきと少し大きめの体操服を着たまなかが目に入る。
『それ、ちさきのジャージ?』
「うん、まなか持って来てないみたいだから」
転校初日にまさか体育があるだなんて思わないし、今日体育があることは知らされていなかった。
だからジャージを持って来ていなくても、咎められることはないだろう。
それでもまなかが少しでも過ごしやすいようにジャージを貸してしまうちさきに、少し過保護すぎではないだろうかとも思う。
「ありがと…、ちーちゃん!」
けれど、まなかの笑顔を見ているとそれもどこかへ行ってしまった。
(ま、私もちさきのこと言えないか…)
自嘲気味に笑って目の前のカーテンを少し開けると、クラスの男子達がトラックを走っているのが見えた。
中でも一際目を引いたのが先頭を走る朝の男の子。
流れるように走る彼は、誰が見ても綺麗だと思うだろう。
でも、それよりも私が見入ってしまったのはその少し後ろを走る光だった。
必死に目の前の背中に追い付こうとしている光の姿はどこか苦しそうで、見ている私まで辛くなる。
光のあの表情の理由も、今私が苦しいと感じている理由も、わかってしまうのが余計に悲しかった。
「あの人……」
いつの間にか私の隣に立っていたまなかがぽつりと呟く。
「陸の上を泳いでるみたい……」
ほんのりと色付いた頬と、眩しいものを見つめるように少し細められた瞳。
その瞳に映っているのは朝初めて会ったばかりの男の子。
これでまた、まなかは彼のことを好きになってしまっただろう。
いや、まだ“好き”ではないのかもしれない。
それでも光が彼をよく思うはずがない。
それは私も、そして少し後ろからまなかを見つめているちさきも同じ。
猛スピードで走っていた光の体が前のめりに倒れて、目の前に居た朝の男の子を巻き込んで地面にぶつかったのは、そのすぐ後のことだった。
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