第2章 海と大地のまんなかに。
何が起きたのか、考える暇さえ与えられなかった。
自分の体が上へ上へと引っ張り上げられる感覚と普段あまり感じることのない水圧。
それから解放された途端にやって来たのは、眩しい日差しと夏の生温い風。
日頃聞くことのない鴎の鳴き声といつもより近くにある太陽が、私達が今どこにいるのかを教えてくれた。
船が人間二人分の重さに耐え切れていないのか、私達の捕まっている網が左右にグラグラ揺れる。
『……ぁ』
船の上に視線を向けると、こちらを見つめている男の子と目が合った。
鹿生(シシオ)ではあまり見ることのない日に焼けた肌と、特徴的な黒い瞳。
(すごく、綺麗な目…)
海人はもともと青い瞳を持って産まれるから、黒い瞳は彼が陸人であることの証でもある。
日の光を浴びてきらきらと輝く瞳が真っ直ぐに私を見つめていた。
その視線が私の隣に移された時、まなかと繋いだままになっていた掌が強く握り締められた。
数秒待ってもまなかの掌から力が抜けることはなく、圧迫され続ける掌が悲鳴をあげる。
『ちょ、まな……っ!』
痛みを訴えようと顔を横に向けた私が見てしまったのは、
誰かが誰かに恋をした瞬間ーーーーーー…。
鴎の鳴き声も、船の軋む音も、小さく聞こえる波の音も、全てが遠のいて行くような気がした。
一度胸の中に生まれてしまった感情を綺麗に消し去ることが出来ないのは、私が一番よく知っている。
もう、まなかの目に映るのは彼だけになってしまうのかもしれない。
その時私は、……光は、何を思うんだろう。
頬を赤く染めて一点を見つめるまなかと私の間で、灰色の魚が苦しげに跳ねていた。
*