第9章 く (BSD/中原中也)
「………そんな、真逆。」
世間のイベント事を気にする中也が想像出来なくて、思わず笑って仕舞った。ごめん中也。
は普段マフィアと云う俗世間からかけ離れた居場所にいるためか、そういうイベント事には乗るタイプで、けれどもバレンタインには大した事はしていない。単に、ちょっとお洒落なチョコをあげただけ。
本当にイベントが好きだよなとか何とか言われながら、中也が隣で食べるのを見てたのを思い出した。
「是非、楽しんで下さいね。」
その言葉に、色々考えていたのから引き戻された。
鏡を見ると、紫がかった黒髪が緩く纏められ、毛先はくるりとパーマが掛けられている。
「あ、有り難う。」
「外でお待ちですよ。お支払はもう済ませて頂きましたので。」
コートを受け取りながらそう言われ、にっこりと微笑まれる。
そりゃあマフィアの幹部ともなれば貧乏ではないはずだけれど、にしても今日一日で何れだけ使う積もりなんだ……金額は想像もしたくなかった。
「………終わったけど。」
「おう。流石、良く似合うじゃねえか。」
美容室の外にいた中也が、を見て恥ずかしげもなくそう宣う。
さっきの、此れが中也なりのバレンタインのお返しだとすると、…………ええ、ちょっと、恥ずかしすぎでは………。
悶々とするを他所に、中也は外套のポケットから何か小さいキラキラしたものを取り出した。
それから、髪を纏めたせいで晒け出された耳許に手を伸ばされたかと思うと、彼女の耳朶にピアスを差し込んだ。
「っ、どうしたの、本当に。」
「お、似合ってんな。流石俺の見立てだ。」
「いやちょっと聞いて」
ピアスを付けたを見て満足げに笑う中也。その笑顔に、完全にの疑問は無視されているけど、最早毒気が抜かれて仕舞った。
もう、お返しだろうが何だろうがいいや、中也が楽しそうだし、それを見てる私も楽しいから。
「よし、準備は出来たな。行くぞ。」
そう言って中也に肩を抱かれる前に、今度は自分から手を伸ばし、彼の指に絡める。
「今度は何処、連れてってくれんの?」
挑戦的に微笑めば、中也は少し驚いた顔をして、けれどもノってきたににやりと笑って触れるだけのキスを落とした。
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